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東京都内、某所。すっかり人通りも少なくなった夜の街並みに、三人の男の影があった。
ガラの悪い男たちは、何やら慌ただしい様子で、必死に何者かを追っていた。誰がどう見てもタダごとではない。
「おいっ、奴はどこに行った⁉︎」
「向こうに逃げたぞ! 絶対に捕らえろ!」
「全員で追い立てろ! 逃げ道を潰せ!」
静かな夜には男たちの怒声がよく響く。そんな環境だからこそ、それから逃げ続ける少年は、物陰で息を殺して潜み隠れる。
『足音が近い……思ったより近づかれてる。とてもじゃないけど朝までは逃げ切れない……! いっそどこかの家に匿ってもらうか? ……いや、無関係の人は巻き込めないよな……なんせ相手は、普通の人間じゃないんだから』
衛森康助、15歳。つい先月に地元の中学を卒業したばかりの彼は、東京で違法サイボーグに追われていた。
何故このような状況になったのか……彼自身心当たりがある。が、彼には一切の非はなく、むしろ一方的な被害者である。他人の勝手な都合に巻き込まれ、気付けば一ヶ月も逃亡生活を続けている。そして今日、とうとう工事現場のバイト中に追手に顔を見られてしまったというわけだ。
『なんにせよ、この場所もすぐに見つかる。だったらイチかバチか……! 飛び出して、姿を見られないうちに全力で走って逃げる!』
ワン、ツー、スリーと心の中でタイミングを計り、勢いよく物陰から飛び出した、その瞬間に。
「「あっ」」
いきなり追手の一人と目が合った。もちろん、少女漫画よろしくお互いの脳内に痺れるような衝撃が走る恋のはじまり……なんてことはなく。
「いたぞこっちだ! 回り込め! 囲んで捕らえろォォォォ!!」
「うおぉぉぉあァァァァッ⁉︎ こんだけ早く見つかるのは流石に想定外だァァァァっ!」
紙一重で追手のチンピラの手から逃れ、全力で走り出す。だがほどなくして、残る二名が康助の前に立ちはだかったのだ。
前にも後ろにも違法サイボーグ。逃げ道は断たれ、まさに絶体絶命のピンチというやつだ。
「……やば、どうしよ」
「やーっと追い詰めたぜ、このガキ……ずいぶんすばしっこかったが、こうなった以上はもう終わりだ」
もともと荒事は得意ではない上に、数でも圧倒的に不利な局面。頭ではどうにかできないものかと思案を巡らせるが、逆転の一手は到底浮かびそうもない。
ヤケクソになって、正面突破を試みようか。そんな選択肢が頭によぎった、まさにその時。
「がッ……⁉︎」
康助の後方にいた男が、鈍い打撲音と共に前に倒れ込んだ。康助にとってこれは僥倖。誰かはわからないが、頼もしい助っ人に違いなかった。
「何があったか存じませんが、そこまでです! 全員、そこを動かないでください!」
聞こえてきた声は、おそらく追手を気絶させたその人のものだろう。だが、予想より遥かに幼く、高い声。女子小学生、あるいは中学生ほどのものとしか思えない。
さらにその声の主は、康助が思っていたよりももっと後ろ、離れた所に立っている。
いったいあの少女が、どのようにしてサイボーグのチンピラを斃したのか……康助には、皆目見当もつかない。
「できるなら、これ以上手荒な真似はしたくありません。抵抗の意思は見せず、任意同行いただければと思います。まずは双方の言い分を聞かせてもらい、判断できればと」
「……はっ、もしかしてお前、〝魔法少女〟か⁉︎」
「魔法、少女……」
田舎者の康助でさえ、その存在くらいは知っていた。なんとも不思議な能力を以って、近年増え続けるサイボーグ犯罪者たちを取り締まる少女たちのことだ。
少なくとも、彼のいた田舎には魔法少女はいなかった。実際にその噂の少女を目の当たりにするのは、これが初めてである。
「私の正体を察しているのであれば、抵抗は無意味だとお気付きになられているはず。どうか賢明なご判断を」
なんて堂々とした立ち居振る舞いだろうか。どう見ても、自身よりも年下のその少女に対し、康助は凄味を感じずにいられない。それこそ、追手の三人を足してもまだ彼女の足元に及ばない程に。
この自信は、少女の経験と能力から来る根拠のあるものだろう。事実、数的有理なはずのチンピラサイボーグたちは手を出しあぐねている。
「……はっ、こんなガキにビビるこたァねぇ! 所詮生身だろ⁉︎ 一発でも鉛弾ぶち込みゃそれで終わりだ……!」
だが、チンピラの片割れ……金髪にサングラスを掛けた、三人のリーダー格と思しき男が、左手の指を立てて少女に向ける。
そしてその指先から、小さな銃身がお披露目されたのだ。
「……フィンガーバレット。純然たる違法改造です。それを私に向けたということは、どうやら穏便な解決は望めないご様子」
「穏便だと⁉︎ ざけんな! 俺たちゃもう、後には引けねぇんだよ!」
あくまでも冷静な対応をする少女だが、それが気に食わないのか、サイボーグは逆上し声を荒げた。
その次の瞬間には、数発もの銃声が閑静な住宅地の闇に吸い込まれていく。
思わず康助は目を瞑った。指先に仕込まれた改造銃は、口径の小ささから威力は通常のハンドガンに比べて幾分か劣る。それでも、生身に当てられて無事なシロモノでもなく、当たりどころによっては取り返しのつかないことにもなるだろう。もしものことを考えれば、見たくないと思ってしまうのも無理はないことだ。
しかし、少女は平然とそこに立っている。全くの無傷である。それどころか。
「いってぇぇぇぇ⁉︎ お前っ、どこ狙ってやがるッ⁉︎」
「は……⁉︎ なんで……いや、お前ぇぇッ⁉︎」
その銃弾は、隣にいた男の仲間に命中していた。ただし、彼も違法改造を施されたサイボーグであり、ある程度の衝撃なら耐え得る装甲を持っているため、軽度のダメージで済んだようだ。
誤射した本人はというと、一瞬戸惑いを見せはしたが、すぐに何をされたのか察しがついた。発泡の瞬間に念力によって手首の方向を無理矢理曲げられたのだ。
少女はその隙を見逃しはしない。彼らが動揺している間に接近し、まずは誤射された相手の肘を隠し持った警棒で砕く。すかさず隣の撃った本人に一撃、二撃と食らわせて組み伏せ、その腕に手錠をかけたのだ。
「捕縛完了。このまま検察に引き渡します」
なんと鮮やかに解決してみせるのだろうか。
その可憐で小さな少女の強さに、康助は魅せられてしまっていた。
「……ほんの一瞬の間に、サイボーグを二人も倒すなんて」
「魔法少女ですから。それより、あなたにも話を伺いたいので、同行願いたいのですが」
「えっ……? あ、ああ、もちろん! 俺はこの連中みたいに、手荒な真似をするつもりは……」
純然たる被害者である康助に後ろめたいことなどあるはずもない。喜んで事情聴取に応じるつもりだ。
が、その時、康助は背後からの気配を敏感に感じ取った。最初に倒したはずのサイボーグが、指先の銃口を少女に向けていたのだ。
「危ないっ!!」
「えっ……⁉︎」
康助の体は、考えるよりも先に動き出していた。
少女を突き飛ばし、サイボーグの放つ凶弾の盾となったのである。
「な……なんてバカな真似をっ!」
ここにきてはじめて、少女が焦りの表情を見せる。自身を庇い、一般人に怪我を負わせたとあれば、ライセンス剥奪も余儀なしの大失態だ。
だが、康助は倒れなかった。それも、悲鳴の一つさえも上げることもなく。
「大丈夫。あんな豆鉄砲、全然効かねぇよ。だって俺も……サイボーグだから」
「……はぁぁ⁉︎」
少女の驚嘆が、静かな街に響き渡り、その余韻を残したまま……ゆっくりと、夜は更けていくのであった。
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