地獄しかないのなら

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中学受験が終わってから毎日。学校がある日も、ない日も。参考書が入った重いリュックを背負って図書館へ行った。 放課後に空白の時間があるのが落ち着かなかったし、家でお母さんの暗い顔を見るのも嫌だった。 あれだけ自由が欲しかったのに、実際に自由を手にしてしまうと使い方が分からない。自由なはずなのに、窮屈で仕方がなかった。 むしゃくしゃして蹴った小石がコンクリートの上を跳ね、排水溝へと吸い込まれていく。 ぽちゃん。 間抜けた音につられて排水溝を覗き込んだけど、真っ暗で何も見えない。 石なんて蹴らなければ良かったと後悔しても遅かった。 手を伸ばしてきそうな暗闇に背を向け、リュックを背負い直し、さっきよりも早く足を動かそうとして。 がちゃん。 何かが割れる音に思わず立ち止まる。 目の前のこじんまりとした一軒家には、お昼を過ぎているのにきっちりとカーテンがかかっていた。 普段なら気にもしないのに、無性に気になって。じっと、カーテンで見えない向こう側を見つめていれば。 「あ」 聞こえてきたのは悲鳴。 多分、女の子の声。その後に「ごめんなさい」と謝る声とそれに被さる男の人の怒鳴り声。 これは虐待と呼ばれるものだと脳が理解したと同時に、その家のドアを音を立てない様に開けていた。 靴を履いたまま、息を殺し鈍い音と呻き声のする方へ。 警察に通報するべきだと叫ぶ頭の中の私を振り払い、引き寄せられるように奥へと進む。 助けなければと。正義感ではない何かに急かされている。 迷う事なくたどり着いたリビングには、フローリングに転がる女の子と怒鳴りながら拳を振り下ろし続ける男。 どうやったら助けられるか。 存外冷静な思考は、肩に食い込むリュックの存在を思い出させた。 足元に散らばるペットボトルやコンビニ弁当の空箱に気を付けながら、一歩一歩距離を詰める。 殴り続ける事に夢中な男の背後を取る。 息を詰め、リュックを両手に持ち直し、遠心力を使って叩き込んだ。 鈍い音と嫌な感覚。 私より大きい男が何の抵抗も出来ずに床に沈む。その事にぞっとお腹の奥から何かが吹き出しそうで、急いでリュックを背負い直した。 「逃げよう」 呆けたままの女の子の手を取って立ち上がらせ、走る。 薄暗い家から飛び出せば、真っ青な空が広がっていた。
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