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人の多い駅前。定番の待ち合わせ場所で人を待っていると、声を掛けられた。
スマホに向いていた顔を上げると案の定というか…あまり頭の良くなさそうな奴ら。
「君ひとり?一緒に遊ばない?」だなんて、この時代にもまだそんな誘い文句を使う奴がいるのかと思った。
はあっと溜め息を吐くと私の態度に怒ったのか、一人の手が伸びてきて。振り払おうとする前に、別の手がその男の手を掴んでいた。
横顔しか見えなかったけれど結構若い…気がする。そして私を背に庇いそのひとは言った。
「俺にはこの人が嫌がってるようにしか見えないんですけど」
「あぁ?んだコイツ」
ちょっとキュンときてしまった…。だけどそんな場合じゃない。手を掴まれた奴は怒って今にもその男の子を殴りそうな体勢に入っていて…。
ここで大声を出して人を呼ぼうか考える間もなく、その拳は彼を殴りにかかっていた。
危ない、と思ったらすぐ、瞬きの合間に男が地面に倒れていた。私を庇ってくれた男の子は無事みたい。
一体何が起こったのだろう…?分かんない、見てたのに、何も見えなかった…。
まさかこの男の子は格闘技とかやっていて、何かの黒帯とか、有段者とか?それで素人の目にも留まらぬ速さでコイツを投げ飛ばした…とか。
そう想像するも、それは外れだったようだとすぐに分かった。もう夏なのに、その場の空気が凍ったみたいな冷気が一瞬肌を撫でていった気がして…。
男の子の向こう側に視線を上げると、私は暫く動けなくなってしまった。
恐怖から?それとも驚きからかも。いつの間にか、そこには誰もが惚れ惚れするような美形が立っていたのだ。それも真顔で…異様な殺気を放って。
その美形の圧はすごかった。本当にすごかった。直接睨みつけられている訳でもない私ですら、蛇に睨まれた蛙みたいに緊張して足が震えそうになってしまったのだから。
「こら、やり過ぎだぞ」
男の子の声でハッと我に返る。と、いつの間にかあの男の子は恐ろしいまでの威圧感を放っている美形に向き合ってお説教を始めた。
二人、知り合いなの…?怖くないの?というか、一体どういう関係…?
「やり過ぎてない。まだ足りない」
「あれくらい俺だって避けられた。お前は心配し過ぎ」
「チッ」
「舌打ちしないの!」
「手、出して」
「なんで」
「だして」
何だか一瞬前の雰囲気とは打って変わって子犬みたい…。男の子に怒られる美形さんはシュンとしながらも悪びれる様子はなくて、それどころか男の子に手を出すようにせがんだ。
男の子は呆れた顔をしながらも先程私を庇ってくれた方の手を差し出す。するとどこからかアルコール除菌シート…パッケージが見えたから絶対そう…を取り出した美形さんは、彼の手をせっせと拭きまくっていた。
男の子は呆れつつもされるがままになりながら、美形さんにお説教を続ける。
「だから、なんでそんなの常備してんの」
「万が一のため」
「そんな拭かなくても…」
「何で自分から触りにいくんだよ…ばっちぃなぁもう」
「オカンか。しょうがないだろ、この人が困ってそうだったから」
そこでちら、と二人の視線が私を捉える。あ、この人って私のことかと数瞬で理解してから、私はぺこりと頭を下げた。
「あの、本当にありがとうございました!」
「いや、こっちこそすいません。お騒がせしちゃって…」
「何で澤くんが謝るわけ。謝るならおれに謝って」
「ゴメンて…」
私を助けてくれた子は背は高くないけれどしゃんとしていて、眼差しが真っ直ぐで、雰囲気が凛としていて格好良く見えた。さっきのキュンは気のせいじゃなかったかも。
なんて思うけれど彼の隣に立つ美形さんもすごい。彼は、それはもう本当に綺麗な顔をしていて、背だってスラッと高くてモデルみたいにスタイルが良い。
正反対って訳じゃないと思うけど、全然タイプが違うみたい。
本当にどういう関係なんだろう、この二人…。
「うぅ…」
「あっ、忘れてた」
「あぁ息の根?ちょっと待って」
「待て待て待てステイ!ステイ藤倉!」
「止めないで澤くん、そのきったねぇ手で澤くんに触れた罰だから」
「触ったのは俺からだよ!というかそうじゃねぇ!」
ほ、本当にどういう関係なのかしらこの二人…。
地面に倒れたままのナンパ野郎を遠慮もなく踏みつける美形さん。それからそれを必死に止めようとしている男の子…。どうやら彼は「さわくん」というらしい。
さっきの、本当に格好良かったな…とぽうっとしていると、ふと美形さんの方と目が合った。それから彼はにこりと微笑みかけてくる。
「さわくん」にじゃなくて、私に。
そうしてやっと踏みつけていた男から降りると、彼は…美形の「ふじくら」と呼ばれていた方の彼は、私の方へ歩み寄ってきた。
こてんと首を傾げて、ほら。また笑う。
抗えないような、まるで自分の美しさを分かっていてわざと見せつけてくるかのような笑顔で。
「さっきは大変だったね。大丈夫?変なところ見せちゃってゴメンね」
「え、あの、は、ハイ…」
「君に怪我がなくて良かったよ。怖かったでしょう」
「い、いえ、全然…」
「そう?良かった」
そう言ってまたにこりと微笑った彼は、私の頭をポンと一撫でして踵を返した。
頬が、自然に赤くなるのが分かる。気づけば倒れていたナンパ野郎もその仲間もどこかへ消えていて、周りには私と同じように彼…「ふじくらくん」に骨抜きにされてしまったらしい、頬を赤く染めたギャラリーたちが残っていた。
スマホが震える。どうやら待ち人からみたいだ。もうすぐ着くって。
それでまたハッと我に返った。二人の背中はもう結構遠くて、それでももう一度ちゃんとお礼を言わなくちゃと私は声を張り上げて、言った。
「あの!ありがとうございました!」
届いただろうか。届いたと思う。「ふじくらくん」に腰をがっちり固定されていた彼が、「さわくん」が私に向かって手を振ってくれたのだから。
二人とも本当に格好良かった。本当に素敵だった…。私は二人がどういう関係なのかもう、どうでもよくなっていた。
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