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「さて、おれに言うことは?」
「さっきの、何」
「さっきのって?」
「さっきの」
「うん?投げ飛ばしたこと?正当防衛だよ」
「違うそのあと!」
「そのあと…」
藤倉は本当に心当たりがないみたいに、あれでもないこれでもないと思考を巡らせている。
その姿にちょっと腹が立って、俺は藤倉のポケットに突っ込まれていたシートを引っ張り出した。
「手」
「て?」
「出して。早く」
「………?はい」
彼が出したのはあの子の頭を撫でたのとは逆の方。それでまたちょっとムカッとなって、俺は半ば無理やり別の方の手を引っ張った。
にやにやしてる。ムカつく。もうここまで来ると分かっててやってるな。本当にムカつく。
手を握って、シートで拭こうとして…やめた。
こんなことをしてしまうと、まるであの子を汚いだなんて思っているみたいでとても、かなり、ものすごく申し訳ない気分になるし、それに…。
「澤くん?」
「………撫でるなら、こっちにして」
握っていた手を持ち上げて、自分の頭にポンと乗せる。藤倉はちょっと驚いたのか、目をほんの少し見開いて…そしてすぐににやけた顔に戻った。
わしゃわしゃと遠慮なく髪がかき混ぜられる。俺もこいつの髪を触るの結構好きだけど、こいつも大概だと思う…多分。
本当格好悪い…。自分の心があまりにも狭過ぎるように思えて。あの子にも何だか申し訳ない…のに、顔を上げるとヘンタイ藤倉は案の定嬉しそうだった。
さっきまでピリピリしてたくせに。
「なぁんでそっちの手なのかなぁ?」
「分かってるくせに」
「さぁ?分かんないよ」
嘘つき。そんなに嬉しそうに花飛ばしておいて、何が分かんないだ。バカ。ヘンタイ。
…最近の藤倉は、たまに、ほんのちょっとだけ意地悪だ。
「………撫でたから」
「ん?」
「お前が!…俺以外の頭、撫でた、から」
「うわぁ…やば」
「なに顔隠してんの、こっち向けよ」
「ムリムリムリちょっと待って、まって?」
「もう、こんなん俺じゃないみたいでなんかやだ…あの子にも申し訳ないし…」
「なんで?おれは嬉しい」
「俺は嬉しくない。大体なんであんなこと、わざわざ…」
「そりゃあ、これ以上きみに惚れる奴が出てきたら嫌だからだよ」
「はあ?何言ってんだお前」
その口振りじゃまるで、あの子が俺に惚れたみたいな感じに聞こえるだろうが。重ね重ねあの子に失礼過ぎる。
俺のことそんな風に想うのなんて、この目の前のヘンタイくらいなのに。本当に馬鹿じゃねぇの。
「はあぁー。自分の魅力を分かってない恋人を持つと苦労するぅ」
「じゃ別れれば」
「は?」
「え、こわ」
「今更離れられると思ってんの?責任取ってよ」
「…なんの」
「ぜんぶの」
今後冗談でも「別れる」だなんて単語は出すまいと、俺はこの時固く心に誓った。美形の真顔が怖いだなんてことはもう何度も実感してるはずなのに、それだけじゃなくて、何というか…。
前よりちょっと、いや大分、藤倉は変わったと思う。自分に自信が持てるようになったというか、前よりも色んなカオをさらけ出してくれるようになったというか。
正直びっくりすることもまぁなくはないけど、嬉しいかも。近づけたみたいで、見えなかった距離が詰められていくみたいで。
一時期は自分を知られることをあんなにも怖がっていたくせに。
一歩一歩、近づいたその先でどんな藤倉が待っているのかは分かんないけど、それでも俺はきっと近づくことをやめないよ。
逃げられても多分、追いかけると思うよ。その代わりと言ってはなんだけど、お前も俺を離さないでいて欲しいと思うよ。
「…今更離すかよ」
「…なんて?」
「べつに?嫉妬してくれる澤くんかわいいなって」
「絶対文字数ちがうじゃん。かわいくないし」
「かわいいよ。そんでやっぱ、格好良い」
「バカじゃん」
「えぇ、褒めたのに」
でもやっぱ、ダメだ、嬉しい。俺は、前までこんなだっただろうか。こんな風に嫉妬したりしてただろうか。
俺も変わったかもしれないし、もっと変わっていくかも。それでも傍に居てくれるかな。居て欲しいなぁ。
どちらからともなく手を繋いだ。うん、もう離れられそうにない。本当に、困ったなぁ。変わっていくのはお前のせいだよ、全く。
「バカじゃん藤倉」
「えっ、何で二回言ったの?愛情表現?」
「べつに?そうかも」
「おぉ…」
ふたりだから、変わっていけるんだろうな。せいぜい良い方に変われるよう、ちゃんと引っ張ってってくれよ。俺も、まぁ善処するからさ。
「んだよ」
「噛み締めてる」
「そっか」
「そうだよ」
一歩一歩。違うはずなのに同じ歩幅を眺めながら、隣を肘で小突いた。何となく。
「バカ」
「三回目。愛情表現かな」
「さぁな」
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