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ある満月の夜、一匹の子だぬきが川から姿を現した。口にはうなぎが咥えられており、にょろりと身体をくねらせている。
子だぬきはぶるりと身震いして毛の水を振り払うと、バケツの中にうなぎを放り込んだ。
「おう、ご苦労さん」
声をかけたのは例の店主である。生きのいいうなぎたちを確認し、満足そうに頷く。
「人間の食べ物を色々買ってきたんだ。あとで食べようや」
「わあい、おいらも早くお父ちゃんみたいな変化ができるようになりたいな」
「お前は筋がいいから、じきできるようになるよ。たぬき囃子もなかなか上手くなってきたしな」
「ほんと?」
「ほんとさ」
全盛期である江戸時代に比べ、古狸族、所謂化け狸の数は随分と減少してしまった。ただでさえ妖術を使える個体が減っているというのに、おまけに人間社会で害獣の扱いを受けている。
もはや生きていくことさえままならぬ、世知辛い世の中だ。妖狐の連中は神格化されているというのに、この扱いの差はおかしいではないか。人間もなかなか大変らしいが、こちらからすれば贅沢な話だ。
人間で飽和したこの世界で生きていくためには、ひっそりと身を隠して生きていかなければならない。されとて腹は減るし、自分たちだって旨いものを食べたい。そしてこの店主――たぬきは、妖術で人を化かして金を稼ぐ術を身につけた。
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