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行きと比べれば、帰りは随分と楽だ。まだ身体は汗をかいていない。先ほどよりも余裕を持って薄暗い道を歩く。
心なしか、虫たちの透明な声がより洗練されたように感じる。都会ではあまりこのようなものを耳にする機会はないだろう。しんみりと天然のオーケストラを堪能する。虫の音といえば秋の夜だが、夏の夜だってなかなか乙なものだ。
いい気分で夜を堪能していると、ふと何かの香りを感じ取った。
「……えっ?」
いい匂いだ。しかしおかしい。確かめるために二度、三度と鼻をひくつかせる。気のせいどころか、それは一層強くなって青年の食欲を刺激した。
煙の香りだ。それも、ただ何かを燃やしているのではない。何かが焦げるこの香り。焼き鳥とは少し異なる。そうだ、これは。
「うなぎだ」
間違いない。うなぎの煙がどこかで立っている。
こんな田舎の、しかも深夜に? ありえない。そもそもうなぎ屋なんて近所にはないはずだ。だが、確かにうなぎがどこかで焼かれている。その証拠に、すっかり落ち着いていた腹が、その香りでぐるぐると音を立てていた。まさか、自分の知らない間に新しい店ができたのだろうか。それでも、この時間まで営業しているなんて……不思議に思い、その香りを辿っていく。
うなぎの匂いが強まっていくと同時に、祭り囃子のような音色も聞こえるようになった。楽しげな旋律が闇の奥から流れてくる。ますます訳が分からず、好奇心が刺激される。今は七月だし、近くで夏祭りの予行でもしているのだろうか。
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