丁夜に煙る

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「へいらっしゃい!」  威勢のいい声が彼を出迎える。ふくよかな体型の店主が中に立っていた。つんつるてんの頭で眉毛は太く、目はくりっとしている。なかなかインパクトのある、憎めない顔だ。いかにも商売上手といった印象を受ける。うなぎ屋というよりも、おでん屋のような風体だ。青年は背もたれのないパイプ椅子に座った。  筆で書かれたメニューに目を通す。串焼き、肝串、半助(はんすけ)豆腐、うな丼。どれも魅力的だ。串焼きに……いや、実物を前にするとますます腹が減るだろう。悩みながらもうな丼に決める。 「うな丼ひとつ、お願いします」 「へいっ! うな丼一丁!」 「それと、半助豆腐? っていうのは何なんですか?」 「へえ、うなぎの頭を半助と言いまして。そいつで出汁を取って豆腐と炊いたもんです。旨いですぜ」 「じゃあ、それもひとつ」 「まいどっ!」  注文して三分と経たないうちに、半助豆腐の小鉢が現れた。絹ごし豆腐の白と長ネギの緑が鮮やかだ。出汁の柔らかな香りが心に優しい。豆腐の側には例の半助が添えられていた。 「へいお待ち、お先に半助豆腐ね」 「おお、いただきます!」  期待の息をたっぷり吸い込んでから、豆腐を口に入れる。 「うん」  熱々の豆腐が崩れ、優しい味わいが広がる。醤油とみりんで纏められた出汁は、独特の深いコクを持っていた。これが半助の出汁か。薄味ながらも旨味が舌に染み渡る。半助に残ったわずかな身は、少ないながらもぎゅっと味が詰まっていた。刻みネギもよく合っている。  思っていたよりもいい味だ。本命のうな丼への期待が高まる。出汁を味わいながら、店主の仕事を見物する。
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