丁夜に煙る

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 店主は背を向け、奥の方で仕事に取りかかっている。うなぎを目打ちし、うなぎ包丁を用いて首に切り込みを入れた。鮮やかな手つきで腹を切り開くと、「キリュリュリュリュ」という小気味いい音が鳴る。サンマの開きのような形になった。続いて包丁を滑らせ、「ザリ、ザリ」と音を立てて中骨を取り除く。一瞬で内臓を外す。血の塊を落とす。職人の技術は見ているだけでも楽しい。  小骨と各ヒレを取り終えると、手早く串打ちをし、炭火台の上へと移す。店主はうちわを取り出し、何度も何度も扇ぎ立てる。  次第に身が焼ける音が聞こえてきた。うなぎのゼラチン質が熱で溶け、滴り落ちては「ジュウッ」と弾ける。その音を聞いているだけで唾が湧いてくる。うなぎは音すら旨いのだ。おあずけ中の犬のように見入る。  店主は何度も身をひっくり返し、丁寧に火を入れる。焦げ目ができてくると、ついにそれをタレに浸した。ごくり。喉が鳴る。  脂が混じったタレが、炭火にぶつかっては白い煙を立てる。うちわで扇ぐほどにもくもくと煙が舞い、青年を呼び込んだあの薫香を放った。心をときめかせる美しい煙。遠くからでも分かるそれを至近距離で嗅がされるのだから、たまったものではない。胃袋を直接殴られるようだ。  タレに浸しては焼き、また浸しては焼く。そうして青年のうなぎは艶やかな焦げ目を纏う。見ているだけなんてあまりにもつらすぎる。もはや我慢の限界だった。くうう、早く食べさせてくれ。
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