丁夜に煙る

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 俺は今、何をしているんだろう?  うな丼の虜になりながら、ぼんやりとそんなことを思う。  茹だるような夏の深夜に、謎の屋台でうなぎに舌鼓を打っている。よくよく考えれば、いや、よく考えなくても奇妙な話だ。夢でも見ているのだろうか。こんな夢ならいつでも大歓迎だけれど。  熱々のうな丼が身体に薪をくべる。汗を流しながらタレの染みた米を頬張る。身体は燃えるように熱いが、今はその熱が心地いい。ぽたりとあごから落ちる汗のしずくには、ある種の開放感が含まれていた。そうだ、どうせ暑いなら、旨いものを食べてとことん熱くなればいいのだ。 「ああ、旨かった」  気が付けば、もう丼は空になっていた。幸せな気分で腹に手を添える。 「ありがとうございやす。いい食べっぷりでしたね」 「最高でした……いやほんとに。関西風のうなぎって初めて食べたかも」 「へえ、お師匠が京都で修行を積みまして。向こうじゃ頭は食べないそうですが、いい出汁が取れるんであっしは使っております」 「そうなんですか。ところで、どうしてこんな場所でやってるんですか?」 「あっしひとりですから、目立つところでやりますと、どうしても手が足りなくなるもんで」 「でもこんなに人気のないところじゃ……」  客が来ないでしょ、と言おうとして口を閉じる。実際に自分が訪れているのだから何も言えない。 「黙っても人が来るんで、煙ってのは便利なもんですわ。へへへ」 「まさか、うなぎの屋台があるとは思いませんでしたよ。ここで営業しても大丈夫なんですか?」 「……」 「おい」  目を逸らす店主。やっぱり駄目なんじゃねえか。
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