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「番犬札~番犬札はいらんかね~効果は犬神様のお墨付き~」
冬馬(とうま)が一歩足を踏み出すたび、背中の箱から伸びた短冊がシャンシャンと揺れる。そこから視線を彼の足元に移すと、そこでは真っ黒い犬が彼の足に纏わりついていた。
「おっ、兄さん、一枚売っちゃくれんかね」
「はいよ、毎度ォ」
「こりゃ戸口に貼っときゃいいのかい?」
「そうさ。貼れば災いがあっという間に去っていく、まじないの札だよ」
小銭と引き換えに冬馬が手渡す札は、犬の形に切り取られており、犬の目と鼻に当たる部分に綺麗な模様が描かれていた。
受け取った町人は、早速長屋の入り口にペタリと札を貼り、「ありがたや、ありがたや」と拝む真似をした。
そんな町人を尻目に、冬馬は更に稼ごうと、売り文句を歌うように口にした。すると、冬馬の傍でじっと黙っていた犬も「ワォン」と短く声を上げる。
「おや、七雄(ななお)も手伝ってくれんのかね」
「ォオン」
「そうかい、ありがとよ。今日も1日頑張ろうや」
冬馬が優しい手つきで七雄の頭を撫でると、七雄は頬をスリスリと冬馬の足に撫で付けた。と、そこで、和む二人に声が掛かった。
「あんたが噂の、番犬札の兄さんかい?」
「なんでい、嬉しい噂だね。そうさ、俺が番犬札の絵師だ」
「そりゃ良かった。一枚ぼくに売ってくれんかね」
「おうよ、喜んで。どんな災いも追い払う、立派な番犬・番犬札だい」
冬馬は背から箱を降ろし、札を一枚手にとって顔を上げた。すると間近に蓮の顔があり、冬馬はアッと声を上げて尻餅をついた。
「兄さん、ちょいと近すぎやしねぇか」
「あ、あぁ、ごめんなさい。その、犬が可愛くて」
「なんでぇ、兄さんも犬が好きなのかい?」
「えぇ。でもうちは店をやってるから飼えなくて」
「へぇ、あんたも商人なのか」
「ここからちょっと西に行った所にある、小間物屋がぼくの家です」
蓮は札を受け取りながら、あっちと指で西を指した。冬馬は指先に目をやってから、応える。
「そうかい。今度、寄せてもらうよ」
「えぇ、いつでも遊びに来て下さい」
蓮がにこりと笑うと、冬馬もにこりと微笑みを返した。
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