木陰で内緒話

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木陰で内緒話

 ……ああ、つい勢いで告白してしまった。  昨日は日曜日で仕事も休みだったし、中井さんの居るマッサージ店も定休日だったから、彼には会えていない。  あの告白の後、ちょうどリンさんが部屋へ来ては施術室の準備が出来たと知らせてくれたのだ。そして3人で部屋を移動し、尚且つ施術室には初老の店長がおり、初回だけ、中井さんの指導に入るのだと言われた。そんなんだから施術中は告白の返事を聞くどころか、店長の指導に熱心に取り組んでいた彼の邪魔は出来ないなとあえて黙っていたのだが……。  帰り際も見送りはリンさんだけで、ちょっとだけホッとする自分がいた。  ……勢いとは言え、やっぱり気まずいよなぁ。あんなに懐いてくれてたのに、これで嫌われたらどうしよう。  私の勘だが、どう見ても中井さんはこちら側の人間ではない。十中八九恋愛対象は女性だろうし、男の私が告白したところで警戒されるだけだ。 「はぁ……せっかく仲良くなったのに……」  昼休憩、何時もの定位置でコンビニ弁当を広げ、ため息を吐く。  今日も仕事帰りにマッサージ店へ行こうと思っていたが……正直、平常心を保っておく自信が無かった。今中井さんに会えば、きっと挙動不審でみっともない。  木陰の心地良さにボーッとしながら、箸を置く。と、いつの間にか足元に白い野良猫が来ては、物欲しそうに「ニャー」と鳴いた。 「……お腹空いてるのかな……?でも、人間の食べ物はキミには身体に悪いし……」  今日は偶然にも唐揚げ弁当だ。一個くらいなら……大丈夫だろうか?  そんな迷いの中、また図ったようなタイミングで志水部長が現れる。 「おー倉持!また一人か?いや、今日は猫ちゃんと一緒か」 「志水部長……」  覇気のない顔で見上げると、部長は「うわっ!辛気くせぇなぁ!」とあからさまに眉を寄せた。だけどすぐに、部長の足元へ野良猫が擦り寄るとまた表情が変わる。 「おお、にゃん太郎!今日は煮干しを持ってきたぞー。ほら、食え食え」 「ニャーン」  部長はその場にしゃがみ込むと、ワイシャツの胸ポケットから何故か剥き出しの煮干しを数本取り出しては地面に置いた。それを見た猫はすかさず煮干しに食らいつき、むしゃむしゃと美味しそうに噛み締め始める。 「部長、その猫は……?」 「おお、こいつ?かわいーだろー!にゃん太郎って呼んでんだけどさぁ……あっ!社長には内緒だぞ!会社の敷地内で野良猫餌付けしたってバレたら怒られるからな!」  怒られるって……また子供みたいな事を。  志水部長は本当に無邪気と言うか、純粋と言うか。まぁ、そこがこの人の良いところなのだけど。  おーよしよしと猫の頭を撫でながら、部長はしゃがんだまま私を見上げて来るのだ。 「んで?今度は何に悩んでんだ?」 「!」  いきなり話題を戻され、ビクッと肩を震わせる。  話しは聞いて欲しいけど……馬鹿正直に「中井さんに勢いで告白してしまった。気まずい」なんて言えないしな。  すると、何も言っていないのにそれを察した志水部長は急にニヤニヤと悪い笑みを浮かべては私をからかってくるのだ。 「くーらーもーちー。お前やっぱり好きな子できたんだろ。毎日のようにマッサージ店通ってるらしいじゃないか?」 「あ、えっと、その……っ」 「お前は分かりやすいなぁ本当に!」  可愛いやつめ!と彼は笑いながら、早くも煮干しを食べ終わった猫の頭や背中を撫でていた。  私は無意識に顔にでも出ていたのかと少し不安になり、自分で自分の頬を片手で挟んではマッサージをするように揉んでみる。と、その行動でまた中井さんの事を思い出してしまい、赤くなってしまうのだ。  ……し、志水部長には話しても、大丈夫だろうか?一応、部長に教えてもらったお店だしなぁ。それに、中井さんを紹介してくれたのもこの人だし……。  正直に話しても、心の広い志水部長はきっと偏見の目では見ないだろう。それどころか、もしかしたら応援なんかもしてくれるかもしれない。  そんな淡い期待を胸に抱きつつ、私はゆっくりと口を開いていた。 「……そ、その……志水部長……」 「ん?何だ?」 「……常連客に……こ、告白された人は……やっぱり、気まずいですかね?もう、会いたくないって……思いますか?」  すると志水部長は「やっぱりか!」と声を上げる。と、同時に猫が白い毛を逆立て驚いたように飛び退いていた。 「誰だ?リンちゃん?それとも他の……って、ああ!」 「え?」  途中でそんな声を上げ、部長は身を乗り出すと私の座るベンチへと手を着き驚愕顔を寄せて来るのだ。 「もしかしてお前っ!中井くんに手を出したんじゃ……」 「ま、まだ出してないですよ!」 「まだって……、これから出す予定なのか!?」 「ち、ちちち違いますよっ!」  全力で首を横に振り、部長の言葉を否定する。と、彼は思いの外大きかった私の声におののくと自分の片耳に指を突っ込み、しかめっ面をするのだ。 「お前……大きな声出るじゃねーか……。びっくりしたわ」 「す、すみません……」  反射的に謝り、私も落ち着こうと深呼吸をする。  ……お、落ち着け……。志水部長は怖くない、怖くない、怖くない……。  自身に暗示を掛けるよう呼吸を整えるが、またしても彼の言葉に取り乱してしまう。 「……て言うか倉持、中井くんが好きなのか?」 「あっ、えっと、あの、その……」 「……………」 「……は、はい……」  こちらを凝視する志水部長の眼力に抗えず、つい頷いてしまった。この後の反応が怖いけど、言ってしまったからにはもう後戻りは出来ない。  だけどそんな心配をよそに、部長は「よし!」と言い、突然その場に立ち上がったのだ。 「倉持!今日は一緒にマッサージ店に行くぞ!」 「は、はい……って、え?部長も?」 「当たり前だろ!こんな面白い話し……じゃなかった。倉持の力になりたいからに決まってるじゃないかぁ!」  一瞬だけ垣間見えた本音は聞こえなかった事にして……  そうか。志水部長は協力してくれるのか。  どことなく不安を覚えるが、自分一人でアレヤコレヤ悩むよりも誰かのサポートがあった方が少しは付き合える可能性も上がるに違いないと思った。こんなに悩んでいてもやっぱり中井さんの事が諦められないのは、もう、本気で彼を好きになってしまっていたから。  私は苦笑いを浮かべながら「じゃあ、お願いします……」と、控えめな音量で口にしたのだった。
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