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大学を卒業してすぐに、食べていく為だけに適当に就職した会社で、私は人生の楽しみも何も見付ける事が出来ずにただただ惰性にまみれた日々を過ごしていた。どうしてそんな生活を送っているのかと言うと、まぁ、話せば色々と原因はある。
私は生まれつき体格が良くて、隣りに立たれただけで威圧感があって怖いと昔から色んな人に散々言われて育って来た。だけど図体ばかりがデカくて性格は穏やかなもんだから、私が反撃しないと知ると上から目線の心無い言葉を浴びせて来る人も多かったのだ。
身体ばかり大きくて行動はとろくさい。
居るだけで場所を取るんだから隅っこへ行け。
細かい作業が下手そうだから、余計な事はするんじゃないぞ。
そんなの全て偏見だ。虐めだ。ハラスメントだ。どこか適正な場所へ訴えれば、もしかしたら今よりもっと良い環境で仕事が出来たのかもしれない。だけどそんな事を考える余裕すらなく、私は只々、沈んだ社会人生活をスタートさせてしまっていたのだ。
そんな憂鬱な仕事場だが、全員が全員、敵と言う訳でも無かった。中にはこんな私にも手を差し伸べてくれる心優しい上司もいる。
「倉持、最近どうだ?仕事の方は」
「……志水部長……。はぁ……まぁ、なんとも」
「わっはっは!そうか!相変わらずか!」
「……………」
「まぁそう落ち込むなって!生きてりゃ良い事も悪い事もあるもんさ!」
昼休憩。私は会社の中庭にある木陰のベンチで大概を過ごす。そこでコンビニ弁当を広げていると、いつも別部署の彼が声を掛けてくれるのだ。今こそ違う部署だが、入社当初は彼が私の教育係をしてくれていた縁もあり、彼とたまに話すと少しは気持ちも楽になる。
私は盛大なため息を吐き、弁当の縁に箸を置く。そして、心に溜まったモヤモヤを何時ものように吐き出すのだ。
「……あの……どうすれば今の部署の人達と仲良くなれるでしょうか……。私が皆さんに声を掛けると驚かれますし、この見た目の威圧感が原因で避けられてるのは薄々気付いています。……それでも、仕事をする以上はやっぱり他の人達との連携も必要ですし、でも、それをどうしたら良いのか……」
こんな巨漢がウジウジと悩み相談とは、傍から見たら笑えるだろう。
文字通り、志水部長は私の隣りに腰掛けると他人事だと言わんばかりにゲラゲラと笑っていた。
「わっはっはっはっ!なーにちっさい事でクヨクヨしてんだよ!デカいのは身体だけかっての!」
「はぁ……まぁ……そうなんですけど……」
「頭の中まで凝り固まってんじゃないのか?」
そう言うといきなり、「お、そうだ!」と志水部長は私の背中を容赦なくばんばん叩く。
「今日は定時で上がれるか?上がれるよな?」
「え?ま、まぁ……」
「それなら、仕事終わりにちょっと付き合え!良い所に連れて行ってやる!」
「今日ですか?」
「今日だよ!話し聞いてたか?」
約束だからな!と彼は念押しすると、自分の腕時計を見て「そろそろ昼休憩終るな」と呟いた。そしてそのままベンチから立ち上がると、やる気満々、腕捲くりをしながら会社の中へと戻って行くのだ。
あんなにイキイキと仕事に取り組める志水部長、良いなぁ。きっと仕事が楽しいんだろうな。それに比べて私は……。
何を取っても悲観的になってしまう。これではいけないと思いながらも、楽観的になれるような要素が何も浮かばないのだ。
私は彼の居なくなった中庭でもう一度ため息を吐くと、今日の仕事の後、どこに連れて行かれるんだろうと少しだけ不安になった。
志水部長に連れられて来たのは、会社からはそれ程離れていない、どこにでもあるような一軒のマッサージ店だった。帰りの遅いサラリーマンでも通いやすい時間と価格設定の為、この辺りではそこそこ人気らしい。
「倉持、お前に紹介したいヤツがこの店に居るんだ」
「紹介したい人、ですか?」
「ああ」
彼はそう言うと、店のカウンターに居た受付けのお姉さんに馴れ馴れしく話し掛けていた。
「なぁなぁ、この前入ったって子、今日は来てるか?あの子の練習台にピッタリのヤツ連れて来たからさぁ、指名できる?」
「……あの、志水さん……。毎回言いますけど、ここはそう言う店じゃないので指名とか出来ないんですってば」
「そこをさぁ、頼むよ!な!常連の我儘!一生のお願い!」
「……それ、毎回言ってますけど……。まぁ、聞いてみるだけ聞いてみますよ」
「やったぁ!ありがとねリンちゃん!」
「……言っておきますけど、志水さんのそういうところ、ここの女の子達は嫌いですからね」
「え、そうなの?もしかして俺、出禁になっちゃう感じ?」
「……さぁ?」
「リンちゃん冷たーい!まぁ、そんなところも推せるけどね!」
女の子に嫌な顔されてるのに、何故か楽しそうにしている志水部長は本当に不思議な人だ。けれど、そうやって何時も明るく若い人にも気さくに話し掛けているからこそ、彼は会社でも部下や上司から慕われている。他部署の私が彼に心を開いてるのが、何よりの証拠だ。
……さて、そんな志水部長が私に紹介したい人とは、一体どういう人物なのだろうか。まさか落ち込んでいる私に女性を紹介するとは思わないが……どうだろう?
志水部長には悪いが、昔から女性は恋愛対象外だ。それは勿論秘密なのだが、知らないはずだからそんな事になってもおかしくはない。
少なからず自分を励まそうとしている彼の気持ちが分かるから、私は複雑な思いで受付けの女性が引っ込んで行った奥の通路を眺めていた。と、すぐに戻って来た彼女の左腕に捕まるようにして、一人の青年が姿を現したのだ。
まだ高校を卒業したばかりのような、若く幼さの残る黒髪の青年。彼を一目見た瞬間、私はとある違和感を覚えた。
……ん?なんか、視線が……。
対面してるはずなのに、その青年とは一切目が合わない。それどころか、こちらを向いてさえいないような……。
私の困惑した表情に気付いたのか、志水部長は小声で、私にだけ聞こえるようその理由を教えてくれた。
「彼、生まれつき目が見えないんだ」
「……え?」
「でも、キミより色々としっかりしてる。……きっと良い友達になれるぞ」
改めて青年の方を見る。彼は私と不釣り合いな程華奢であったが、不思議と、その堂々とした雰囲気は私よりもたくましく、凛々しく思えてならなかった。
この人が、志水部長が私に紹介したい人?
目の見えないと言う彼に抱いた第一印象は、はっきり言って、少し面倒そうだなと、そんな気持ちだった。
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