無意識に、恋

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無意識に、恋

 志水部長に初めて連れて来られて一週間、私のマッサージ店のポイントカードは、驚く速さで埋まって行っていた。 「こんばんは。また来ちゃったんですけど……」 「また?倉持さん、毎日来るとか本当に志水さんより熱心ですよね」 「あはは……。そう言われると何とも……。あ、駅前に新しく出来たシュークリーム専門店の季節限定、買って来たのでスタッフの皆さんでどうぞ」 「もう!志水さんと違うのはそこよ!倉持さんが常連になってくれて嬉しいですよ!」 「ははは……。それは、良かったです」  受付けの女性スタッフ、リンさんとは既に顔見知り。こうして差し入れをすると彼女の機嫌も取れる事を知ったし、何より、これをする事で一番目当ての中井さんに快く会わせてくれるので助かっている。  私は早速、彼女の案内で中井さんが待機している個室へと向かう。今日からは身体への施術に移るらしく、上半身を中心に練習をするそうだ。  ……ちょっと緊張するな。汗臭くなければいいけど……。  部屋の前で、さり気なくワイシャツのニオイを嗅ぐ。一応、会社の更衣室に置いてあった誰のか分からない消臭スプレーを拝借して気になるところへ塗布して来た。そのおかげか、気になるようなニオイは今のところ何もしないのだけど……。  受付けに戻るリンさんに会釈をし、私はドアの前に立つ。そして、中に居る人を驚かせないよう静かにノックするのだ。 「どうぞ」 「……失礼します」  中井さんの声だ。  私はドアノブを回し、中を覗いた。 「中井さん、こんばんは。倉持です」  するとすぐに彼は顔を輝かせ「倉持さん!」と、あからさまに嬉しそうな表情をして見せるのだ。 「待ってましたよ!今日も来てくれてありがとうございます!さあさあ、座って座って!」 「は、はい」  客というよりも、もはや友達をもてなしているような勢いだ。きっと他のスタッフが見たら、そんな接客有り得ない!と怒りだしてしまうに違いない。  だけど、この部屋に居るのは私と中井さんの二人だけ。誰にも邪魔されないし、この中で行われる事は、全て二人だけが知る事。  私は中井さんの座る椅子の前に座り、改めて今日の予定を聞く。 「あの、今日は上半身のマッサージですよね?」 「はい!その前に、軽くカウンセリングをします。一番凝ってる場所とか、気になる場所とかあれば教えて下さい!」  やる気十分。きっと、彼はこの仕事が好きで、自分のテクニックが日々上がっていくのが楽しいのだろう。私はその手伝いが出来ているだけでも満たされているが、そんな彼を見ているとふと、日中の自分の仕事ぶりを思い出しては肩を落としてしまうのだ。  ……今はこうして、中井さんが嬉しそうにしてる姿を見るだけで私も仕事の疲れを癒やせるけど……。今日もまた、先輩に理不尽な理由で怒られたしなぁ。  昼間会社で、私は同僚から資料を印刷してくれと頼まれ、フロアに一台しかない印刷機でコピーを取ろうとしていた。だが、私が来た時点で印刷機がエラーを発しており、どうやら中で紙詰まりを起こしていたようなのだ。それを直そうとガサゴソやっていたら、後から来た先輩に勘違いをされたのだ。 「あ?倉持、何やってんだ?」 「あ、先輩……っ。あの、紙詰まりみたいで……」 「はぁ?お前何やってんだよー。俺さぁ、急ぎの案件抱えてんの。分かるか?こんな時にめんどくせー事してんなよ」 「えっと、あの……私が来た時には既にエラーが……」 「あーもー言い訳とかいーから!もう総務課でコピーするからいいし!それ、お前が責任とって直しとけよ!」 「あ、でも……」  先輩がイライラしてるのが伝わって来たので、私はそれ以上食い下がるのをやめて去って行く背中を無言で見送る。  自分が悪い訳じゃないのに、こうやって勘違いされては八つ当たりのような言葉を投げ掛けられるのはもはや日常茶飯事。自分が黙って受け入れていれば、ある程度は丸く収まってしまうから、下手に口出しとかもしない。周りもそれを知っているから、ストレスの捌け口のように私に強く当たるのだ。  ……なんか、思い出しただけでまた悲しくなってきた……。せっかく中井さんと会ってるのに……やっぱり私はダメな人間だな。  中井さんと話している途中でそんな事を思い出し、黙り込んでしまった。すると突然、目の前で「あのっ!」と中井さんが大きな声を出したのだ。  その声量には私もビクッと肩を震わせ、こんな大きな声が出せるんだと一瞬ビビった。
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