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「どうしてこういうことになっちゃうかなー」 「お嬢さま、そこ、右です!」 「ごめん、かなり左側にそれちゃったわ」 「大丈夫です。向こう方面はここ最近不正の噂が漂う某伯爵の領地なので、謝罪ついでに偵察といきましょう」 「いつもありがとう。せっかくだし、王家にばんばん恩を売ってやろうね!」 「従者ですから、これくらい当然のことです」  本日のエマのお仕事は、魔の森から周辺に溢れ出した魔物退治である。助手兼お目付け役のリーバイも一緒だ。  結局、エマは公爵家令嬢という立場とは別に、平民のエマとしての身分を用意してもらい、冒険者として活動することになった。  とはいえ、名前や姿を変えているわけでもないので、見るひとが見れば簡単に本人であることがわかる。だが、それがむしろ都合がいいらしい。 「ねえ、こういうのって何か違うと思わない?」 「何がでしょうか」 「冒険者って、もっと自分の身ひとつで生きていくのかと思っていたの。せめて身分は伏せるとか。でも、これじゃあなんだか、おんぶにだっこだなあって情けなくなっちゃって」  ぶつぶつ文句は言いつつ、手は休めない。自身の能力不足を睡眠時間を削って補っていたエマは、ポンコツなわりに真面目なのだ。 「お嬢さま、お嬢さまがなんの後ろ盾もない状態で冒険者無双をしてしまいますと、高い確率で内乱及び周辺国を巻き込んだ形で戦争が起きます」 「ぐえー」 「貴族をやめて、優雅に冒険をしながらその日暮らしなんていうのは絵空事ですよ。実際、働きアリなお嬢さまは、今だってすでに休みなく働いているじゃありませんか。人生をやり直そうと平民になったら、さらにこきつかわれるだけですからね」 「世の中って厳しいのね」  ため息をつきながら、それでも手は動かす。実に効率的である。 「何より、僕は今までのお嬢さまの人生をなかったことにしてほしくないのです。平民の冒険者として一からやり直したら、今までのお嬢さまの人生はどうなるのですか」 「いやでも、私はポンコツだったし? 別にいっかなーって」 「お嬢さまがひとつひとつ積み重ねてきたものが、なにより愛おしいのです。それは僕だけではなく、お嬢さまのご家族も、ご友人もみんなそうお思いのはずですよ」 「なんか、恥ずかしいな」  頬を染めたエマは、照れ隠しなのか盛大に的を外しながら魔法を連発している。 「そもそも、願い事には『冒険者になりたい』と書いていたのであって、『平民として冒険者になりたい』と書いていたのではないのでしょう?」 「神さまって、そんな腕利きの商人みたいな契約書重視主義だったっけ?」  首をひねるものの、エマも妃教育を受けた身。今の状態でエマがふらふら好き勝手なことをするのは、とても危険だというのはわかっていた。何より、睡眠不足だったあの頃より働かされるのは地味に恐ろしい。 「平民の冒険者、しかも高い実力の持ち主ともなれば、領主や高位貴族たちがこぞって囲いたがります。パトロンという名の貴族にあれこれ命令されるのは、面倒ですよ」 「自由って意外と不自由なのね」 「その上愛らしいお嬢さまですから、手込めにされる危険性だってあるのです」 「あははは、それはない!」 「いつの世も、知らぬは本人ばかりでございますね」  従者は美しく微笑みながら、エマの魔法が討ち漏らしていた魔物たちを殴り飛ばしていた。
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