第一章 半透明

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 式が終わってホテルから出るなり、姉の彩未に翔太にズバッと言った。 「あんた、ずっと顔暗くなかった?」 「そう?姉ちゃんの気のせいじゃない?」  彩未は昔から勘が鋭い。おまけに思ったことをストレートに言う性格だから結構心に突き刺さる。そんなこともあり、幼い頃は何度も泣かさらてきたし空は彼女の2人の息子達や旦那さんも同じらしく彼女の家庭内での裏のあだ名は「ボス」なのだとこの前甥っ子が教えてくれた。  そんな「ボス」のような姉から守ってくれるのはいつも兄の圭吾だった。それは今回も同じようで彼は翔太の肩をぽんぽんと叩きながら言った。 「お酒飲み過ぎて気持ち悪くなっちゃったんだろ?」 「そうなんだよね。俺、アルコール弱くてさ」  圭吾に話を合わせるが、彩未にはそれがバレバレだったのか彼女はムッとした表情のまま言った。 「いや、嘘でしょ。兄ちゃん、翔太ってお酒めっちゃ強いからね?今日だって見たでしょ?」 「いや、マジで本当だから!兄ちゃん!」  妹と弟の主張に圭吾は少し腕を組み考える素振りを見せると「確かに飲んでたよな」と翔太を見て言った。妹と弟だと異性の妹の方が可愛いのかそれとも推しに弱い圭吾もボスに弱いのかどっちなのかは分からないけど彼はこういう時いつも彩未の肩を持つ。それは、今回も同じようだ。  末っ子だからか30歳を過ぎても圭吾や彩未は翔太を子供扱いしてきたけど、なんだかんだ言って翔太は子供の頃から変わらない兄と姉との関係が好きだった。大人になっても仲の良い兄弟だと親戚にもよく言われるし翔太もそう言われることが嬉しかった。  でも、結婚してそれぞれ家庭を持った兄や姉と違いいつまでも独身でいる自分に少し迷いがあるのも確かだった。  この先の人生をずっとこのまま1人で生きていくのだろうか…?  そんなことを考えていると、彩未が「でも」と口を開いた。 「綺麗だったよね、真梨ちゃん」 「本当な。俺にとっては従姉妹というよりかはもう1人の妹みたいな存在だったからなぁ。翔太もそう思うだろ?」  急に圭吾に話題を振られて翔太は反射的に頷いた。  そんな翔太を見て圭吾は「らしくないな」と言い彩未は「やっぱりあんた真面目に見てなかったでしょ?」とツッコんできた。  多分、兄と姉は翔太の初恋の人が真梨さんだったことを知らない。  そんなこともあってか、デリカシーのない彩未が口を開いた。 「そういえば、翔太。あんたは好きな子とかいんの?」  急にそんな話題を振らられてドキッとする。そして、脳裏に浮かんだのは翔太の“今好きな人”である同僚の元バイト仲間だった。 「いるっちゃいるけど」 「あんたもちゃんと恋してんだ。どんな子?」 「お!それ俺も気になる」  彩未と圭吾がわくわくした表情を浮かべて翔太を見てきた。そんな2人の表情から「次は翔太の番だ」という言葉が言われてもいないのに聞こえてきた。いや、多分そう思っているに違いない。  翔太は一歩前を歩く兄と姉の顔を交互に見て言った。 「職場の受付の子なんだけど、俺は好みじゃなかったみたいで告ったらフラれた」  そう言って翔太はアハハと笑ってみせるが、2人の表情は笑っていなかった。失恋した弟に対して気の毒そうな表情を浮かべる兄の圭吾と何か言いたいことがあるのかイライラした表情の姉の彩未。この2人のどちらが先に口を開くのかは考えなくても分かった。 「あんた、チャラチャラしてるからでしょ?本当に看護師なの?」  案の定先に口を開いた彩未にそう指摘される。 自分の中では、チャラチャラしてるつもりはなかったけど彩未に限らず学生時代から社会人になった今まで周りにそう指摘されることがよくあった。  チャラ男、遊び人、パリピ、陽キャ。  確かに翔太は、明るい性格だと思うし学生時代はムードメーカーだった。  でも、学生時代の夏休みは友達と過ごす時間よりボランティア活動に力を入れてる時間の方が多かった。老人ホームでレクリエーションをしたり、小さな子供と遊んだり、病気の子供達に絵本の読み聞かせをしに行ったり。  そんな翔太を見た同級生達はみんな口を揃えて「真面目」と言った。翔太としては、本当にこういう活動が好きで興味があってしていただけだから「真面目」なんて言葉は正直言って言わられたくなかった。なんとなく馬鹿にされてるような気分になる。  でも、そんな気持ちは人には言わなかった。それは、家族である姉とも同じで翔太はおどけて見せた。 「俺だってちゃんと看護師だよ。姉ちゃんだって本当に管理栄養士なの?」 「本当に管理栄養士よ。私のメニュー結構評判良いんだから」  そう言って管理栄養士としての意地を見せてくる姉を見て翔太は思わず笑ってしまった。  兄の圭吾は大学病院に勤務する理学療法士。姉の彩未は市民病院に勤務する管理栄養士。そして、大手グループ病院の看護師の翔太。  両親は普通の会社員なのにどういう訳か翔太達三兄弟はみんな病院に勤務していた。  これもある意味兄弟の団結力なのかもしれない。  そんなことを考えていると、圭吾が手をパンッと叩いた。 「で、話戻すけど。翔太の好きな子はどんな子な訳?」 「俺と同い年で普通に明るい子だけど」 「他には?」  彩未が興味津々そうに聞いた。陰で「ボス」と呼ばれている彼女もやっぱり女子なようで恋バナが好きらしい。  だが、翔太はこの話を終わらせたくて兄や姉が望んでいない言葉を口にした。 「婚約者の彼氏がいる」  その言葉を聞いて2人は固まった。だが、圭吾はすぐに「そっかー」と会話を続けてくれた。 「真梨ちゃんといいその子といい翔太は人妻が好きなのかー」 「えっ?俺真梨ちゃんが好きとか一言も言ってないけど」  さらっと真梨の名前を口にした彼に驚いて返すと彩未が呆れた表情を浮かべて言った。 「あんた、私達が気づいてないとでも思ってた訳?何年あんたの兄と姉やってると思ってんの?」 「そうそう。翔太、ガキの頃真梨ちゃんのこと大好きだったじゃん」  彩未だけではなく、横で頷く圭吾を見たらもうこれ以上嘘は突き通せない気がして翔太は気持ちを隠すことを諦めた。 「兄ちゃん達、気づいてたの?」  翔太の問いかけに対して「当たり前だろ」と言って頷く圭吾とは反対に彩未はどこか冷めた顔で言った。 「あんたって少女漫画の選ばれない方だよね」 「どういうこと?」  翔太が聞くと彩未は小さくため息をついた。 「ドラマとか映画が好きなあんたなら分かると思うけど、三角関係の選ばれない良い子ちゃんタイプのキャラのこと。あんたってあのポジションでしょ?」  そう言われて翔太は、恋愛ドラマの当て馬キャラを思い浮かべた。  当て馬キャラといえば、いつも主人公を助けたり相談に乗ったりする“良い子”なのに物語の終盤で主人公に告白してフラれて誰とも結ばれずに終わるあのポジションのキャラのことだ。確かに自分はそうなのかもしれない。  風の噂によれば、好きな人ができたからという理由で自分を振った高校時代の元カノはもう結婚して子供がいるらしいし初恋の相手だったいとこの真梨も結婚した。現在の翔太の好きな人であり仲の良い女友達の彼女は婚約してからまだ何も話が進んでないとこの前も愚痴っていたけど、彼女だってそのうち結婚するに決まっている。  そう考えると、翔太には本当に“当て馬キャラ”という言葉がぴったりな気がしてきて全然笑えなかった。
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