第一章 半透明

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 式があった次の日、翔太が食堂に行くと同じ小児科の受付で働く青野美鈴が手を振ってきた。翔太も手を振り返し彼女の座っている席の向かい側に座った。 「お疲れー。お腹すいたー」  そう言って彼女は机の上で腕を伸ばした。 「お疲れ。美鈴、今日も寝不足?」 「うん」  美鈴がダルそうに生返事を返す。彼女の寝不足の理由は何となく分かる。最近、電子漫画のサブスクに登録した彼女はこれでもかとばかりに少年漫画を読み漁っていると先週楽しそうに言っていた。それも多分お酒を飲みながら日頃のストレスを発散するかのように。  でも、普通に少年漫画を読みながらお酒を飲んでたんだろ、なんて言っても面白くない。どうせならちょっとだけ揶揄ってやろう。  翔太はそう思うと、笑みを浮かべて彼女に問い掛けた。 「あ、分かった」 「ん?」 「彼氏と熱い夜を過ごしたんでしょ」 「はっ…」  言っていることが中学生のガキだなと思いながらも美鈴を揶揄うのが楽しくて翔太は笑みを浮かべた。  それとは反対に美鈴は顔を赤らめて数回口をぱくぱくさせた後視線を逸らした。 「別にそんなんじゃないし」 「違うの?」  可能性は低いと分かっていながらも翔太はわざとニコニコした笑みを浮かべて聞いた。  自分は本当にデリカシーがないと思う。だけど、恋愛絡みの話をする時の美鈴は昔から本当に可愛くてずっと見ていられる。  彼女と初めて出会ったファミレスのホールのバイトの時も寄った勢いで忘れられない初恋の人(美鈴が付き合ってる彼氏だ)のことを話す彼女は普段の元気で明るい彼女と違って本当に可愛かった。恋すると女子は可愛くなるというのはこのことを言うのだろうと思ったくらいだ。 「本当に違う。翔太にこんなこと話すの変だけど、私未だに彼氏と手繋いだことないし」 「え?それマジで言ってんの?」  よく彼氏と喧嘩するという話は聞いていたけど、街を歩けば彼女もその辺りのカップルみたいに手を繋いで歩いているのかと翔太は思っていた。  でも、彼女の話は本当なのか彼女は「これガチで」と一言おいて話を続けた。 「付き合ってからはキスとか…その翔太の言うそれ以上のこともしてない。したのはあの夜だけ」  それを聞いてそういえばそんなこともあったな、と翔太は思った。  付き合う前にアクシデントが起こったことがきっかけで奥さんと死別しているとはいえまだ当時既婚者だった彼氏と一線を超えたと告白してきた美鈴と喧嘩別れしたあの日。  あの時は、ただ単に彼女の行き過ぎた行動を止めたかっただけだった。  だけど、今思えばただ単に彼女の彼氏に嫉妬していただけな気もする。いや、多分そうだろう。美鈴が告白した翔太を振った理由は今の彼氏だったのだから。 「彼氏は何もしてこないの?」 「うん」 「ってか、こんな話俺にして大丈夫?」 「別に。翔太が遊び人なのは見た目だけだし」  彼女が何気なく発した“遊び人”と言う言葉が心に突き刺さる。  確かに翔太は遊び人と勘違いされてもおかしくないのかもしれない。  翔太がよく髪型やファッションを真似をしている好きな俳優だって自分と同じく根は真面目キャラらしいけど、本人はよく「遊び人」とか「チャラい」なんで言われることが多いらしく役柄もそんな役ばかりだ。その俳優を好きになった理由の1つは、そんなところに親近感を感じたからだけどやっぱり言われて嬉しい言葉ではなかった。それはきっと、翔太の好きな俳優も同じだろう。本 「俺そんなチャラそうに見える?」  とぼけて聞いてみると、美鈴はこくりと頷いた。 「うん。でも、真面目なのも知ってる。翔太頭良いし仕事もバリバリできるじゃん」  好きな子に褒められて思わず笑みが溢れた。でも、彼女は自分によく相談を持ちかけてくるただの女友達なだけでそれ以上の存在にはなれないんだと翔太は思う。  それは過去に付き合っていた元カノ達にも同じことが言えるだろう。  大学の時に付き合っていた彼女に言われた言葉が不意に頭をよぎった。  “翔太は良い人なんだけど恋愛対象として見れない”  最初から自分を恋愛対象として見てなかったと別れ際に告白してきた彼女の顔を翔太は今でも覚えている。そんな彼女も今は結婚して子どもが3人もいると彼女と同じ専門学校出身のバイト仲間が前に教えてくれたことがあった。  今はこうして目の前で自分を頼って色々話してくれる美鈴も婚約者と結婚したら離れていったり話題が他の既婚者の友達みたいに家族の愚痴が中心になってしまうのだろうか___。  そんなことを思っていると、美鈴が不思議そうな顔をして「翔太?」と自分の名前を呼んだ。 「あ、ごめん。考え事してた」 「考え事?」 「美鈴もそのうち婚約者の愚痴とか言い出すのかなと思って」 「それは今も同じじゃん」  そう言ってへへっと笑う美鈴。どうやら普段から彼氏の愚痴を翔太に言っている自覚はあったらしい。
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