第一章 半透明

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 日替わり定食を2つ買って席に戻る頃には休憩時間は、残り40分になっていた。  だが、時間にルーズな美鈴は日替わり定食のとんかつを呑気に齧りながら「私ずっと思ってたんだけど」と話を切り出した。 「翔太って雰囲気イケメンだよね」 「え?何?いきなり」 「だから、雰囲気イケメンだねって。なんていうか、女の子とたくさん遊んでそうなイメージ」  美鈴はそう言ってケラケラと笑った。 「でも、俺が付き合ったことがある人は2人しかいないのは知ってるよね?」 「知ってるよ。だから、イメージだって」  美鈴はそう言うと、水をひと口飲んだ。いきなりなんでそんなことを言い出すのだろうと思っていると、また美鈴が口を開いた。 「もし、本当に翔太が遊び人だったら彼氏がどうやったら私のこと女扱いしてくれるか聞き出せたのになって思って」 「それならいくらでも教えてやるって」  そう言って笑ってみせるけど心のなかは複雑だった。  好きな子の恋愛を応援して好きな子の恋愛の悩み相談に乗る。自分が多くの当て馬キャラの特徴に当てはまる“良い奴”なのかどうかは分からないけど、やっぱり自分のポジションはそれに近いところなのかもしれないと改めて思う。  だけど、そんな翔太の心の中を知らない美鈴は嬉しそうにお礼を言った。 「ありがと」  子供っぽさが残るその笑顔は婚約者ができる前のフリーだった頃の彼女と変わっていない。それを見てどこかほっとする自分がいた。 「本題に戻るけど魅力がないって言うのは?」  翔太が切り出すと、彼女は「あぁ」と呟くととんかつを齧りながら話だした。 「付き合って一度も手繋いでないのってどう思う?」 「え?そんなこと?」  何を言い出すのかと思ったら美鈴は付き合いはじめたばかりの高校生のような質問を投げかけてきて思わず拍子抜けした。 「良いから教えてよ」 「照れ臭いとか恥ずかしいとかそんなんじゃないかな?」  美鈴の彼氏の性格まではよく分からないけど、彼女の話を聞いている感じだと多分そうなのではないかと思う。もし、翔太が彼氏の立場だったら彼女にうざがられるくらいスキンシップをしていると思うけど。 「でも、女としてはリードして欲しいんだって」 「なるほどね」  そう返して自分もとんかつを口に運んだ。  美鈴の気持ちが分からないことはない。実際、彼氏にリードして欲しいと思う女子は多いだろう。彩未のように勝ち気な女なら彼女の方が主導権を握ってそうだけど。  そんなことを考えていると、彼女が思い出したように口を開いた。 「じゃあさ」 「ん?」 「翔太って好きな子とか彼女いるの?」 「好きな子か…」  今目の前にいる、と言えたらどれだけ楽だろうと思う。でも、そんなこと言える訳なくて翔太は首を横に振った。 「そっか。翔太は結婚しないの?」  今度は結婚か。そう思って他人と一つ屋根の下で一緒に暮らす生活を思い浮かべてみる。  友達に聞いた話によれば結婚すると自分の時間がなくなってしまうらしい。子供がいたら休日は子供との予定で潰れてしまうことだってあるそうだ。その代わり家事や料理の負担は半分になるし生活にも余裕がでる。  だけど、恋愛のようなドキドキも楽しは離婚でもしない限りもう感じられない。それが原因で仲が悪くなったと言っている友達もいた。  実際、価値観や金銭感覚などが一致するかどちらかが我慢しなければ上手くやっていけないことが多々あるらしい。  そう考えると、歴代の彼女2人とは多分上手くやっていけなかっただろうなと思う。2人ともまぁまぁ口煩いタイプの女子だったけどから休日にドラマや映画を見てたら怒ってきそうな気がするし俳優の影響を受けてしているオシャレも制限されるだろう。  それに一人暮らしが長いからかそれに慣れてしまって今更誰かと一緒に共同生活を送るのも気を遣うし我慢も増えるしでめんどくさく思えた。  夢を叶えて付きたかった仕事ができて休日は趣味のために時間を使う。それで満足をしている自分がいるのも確かだった。  もちろん恋愛をすることは楽しいけど、多分自分は気楽にできる恋愛だけで満足してしまうタイプだろうと思う。  仮にもし告白した時に美鈴がOKしてくれてたとしても結婚願望が強い彼女と恋愛だけで満足してしまう自分との間ですれ違いが生じていたと思う。別に行動に移しさえしなければ、人を好きになることだけなら誰を想っても自由なのだから彼女が彼氏持ちだろうが既婚者になろうが自分は暫く彼女のことが好きなんだろうなと翔太は思った。 「考えてないかな」 「なんで?」 「俺、恋愛で満足するタイプなんだよね」 「そっか。なんか、翔太らしい」  本音で話した翔太に対して美鈴は特に否定をしたりする様子もなくそう返しただけでそれ以上翔太の恋愛について何か言ってくることはなかった。  美鈴はきっと翔太が今も自分に好意を抱いていることを知らない。そして、完全に彼女への想いを断ち切れない自分の心は不安定で半透明な状態だろうと翔太は思った。
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