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第二章 夢と現実
その日、残業を終えて居酒屋に訪れると先に到着していた柳井朋也が「よっ」と手を挙げた。
翔太も彼に釣られて片手を挙げる。
同じ大学の同級生で隣の市の大学病院で看護師をしている彼とは月に一度居酒屋に飲みに行く仲だった。
もちろん、彼と会う日は行きはバスで帰りはタクシーだから多少お金はかかる。でも、普段仕事と家の行き来をしている翔太にとってこの時間はいい気分転換になるから好きだった。
席に着くなり、オーダーを伺いに来た店員に生ビールとつまみをいくつか注文した店員が席を離れたのを確認すると朋也が口を開いた。
「俺さ、最近真菜のこと女として見れなくなってきたんだよね」
真菜というのは4歳年下の朋也の奥さんの名前だ。彼が新婚だった3年前は聞いてもいないのに彼女が可愛いとか料理が得意だという話を居酒屋でもTALKでも聞かされていた。そして、2年前に念願の親になった彼は今度は息子が可愛いとこれまた聞いてもいないのに言っていた。子供は3人欲しいとか家族でバーベキューに行きたいとか欲望を翔太にひたすら語っていた。
そんな彼が奥さんを女として見れなくなったと言ったのは意外だった。
「それマジで?朋也、この前までは真菜さんと息子の話ばっかしてたじゃん」
「うーん。そうなんだけど、なんか楽しかったのって新婚の時だけだったって言うか」
朋也はそう言って生ビールをグビッと飲んだ。
「ってことは、倦怠期ってこと?なら、俺が朋也の代わりに真菜さんと暮らそっか?」
そう言って笑みを浮かべると、朋也は「それしたら絶好だからな」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。冗談が通じる感じから本当に真菜さんとの関係が悪い訳ではなさそうで翔太はどこかほっとした。
だが、朋也の表情はどこかまだ曇っていた。
「でも、正直言ってもう恋愛感情とかないんだよな」
「それが倦怠期ってやつだろ」
翔太がそう言ってケラケラ笑うと、彼は「そうかもしんないけどさぁ」と呟くと続けた。
「でも、マジで恋愛感情が全然ないんだよな。ここ最近、真菜の裸見てもドキドキしないし」
「ここでそんな話するなよ」
酔ってきてるだろうし、朋也も男だから多少の下品な話は仕方ないと思いつつももう少し場所を考えて欲しくて翔太は苦笑いを浮かべた。
「いや、マジでそうなんだって。恋愛っていうエネルギーを全部消費してしまった感じ」
「でも、結婚と恋愛は違うって言わないか?」
翔太が口を挟むと、朋也は「そうだけどさぁ」とビールを飲みながら言った。
「でも、俺的にはいつまでも真菜とラブラブでいたいんだよ。でも、息子が産まれてからあいつを母親としてしか見れなくなった」
「話をまとめると、環境が変わったからそう思うようになったってことか?」
「多分な。あ、別に離婚したいって思ってるとかそんなんじゃないぜ?」
「それは知ってる。お前が離婚する訳ねーだろ」
少なくとも今はね。親友に対してそんな言葉を心の中で付け足した翔太は腹黒いなと自分でも思った。
むしろ、こういう感情って最初からあまりラブラブじゃなかったカップルの方が上手くいきそうな気がする。
恋愛は熱しやすくて冷めやすいものだ。それならずっと丁度良い温度を保っている方がいい。
つまり、良くも悪くもあんまりラブラブじゃないから付き合って時間が経っても結婚しても寂しい気持ちになることも倦怠期に不満を抱くことも少なさそうな気がする。もちろん、それも人によると思うけど。
翔太がそこまで考えたのと同時に脳裏に美鈴の後ろ姿が過ぎった。なんとなくだけど、いつも彼氏と喧嘩ばかりしているらしい彼女なら大丈夫な気がする。理由は違えどスキンシップ我絶滅危惧種なのは同じだけど、朋也の言うような倦怠期には無縁な気がした。
「でもさ」
「なんだよ」
「たまには若くて綺麗なお姉さんに癒されたいと思わねーか?」
そう言ってヘラヘラ笑う朋也は酔いが少し回ってきたのかやけに機嫌が良さそうだった。
彼の言ってる“綺麗なお姉さん”がキャバ嬢のことなのかそれともガールズバーの店員のことなのかそれ以外の水商売の女性のことなのかは分からなかった。
だけど、行くなら1人で行ってくれと思う。多分、朋也がそういう店に翔太を連れて行こうとするのは奥さんの真菜に問い詰められた時のための保険だろう。
朋也曰く真菜さんも真菜さんで楽観的で単純な性格らしく、もしバレて疑われたりしても大丈夫だと前に言っていた。きっと、その時は翔太に連れて行かれたとか翔太が行きたいと翔太が行こうと言い出したとかその場限りの嘘をつくことは予想できたし真菜さんもそんな夫の言葉を信じるはずだ。
いくら親友とはいえ、親友のように翔太は綺麗なお姉さんには興味ないし、お酒だって普通に飲めるけどすごく好きな訳でもない。今日だって人付きいで飲んでるだけだ。
それに対してお酒を美味しそうに飲む彼は「近いうちにキャバクラでも行こうぜ」と翔太に言ってきたが、翔太は無視した。
大学2年生の夏休みに学部の先輩の奢りで一度キャバクラに行ったことがあるけど、酒を飲みながら女と話すことの何が楽しいのか翔太にはさっぱり分からなかった。
男子なのに今までそういうことにときめいたことがないのは変なのだろうか。
男友達の大半は彼女の好きなところを「顔」とか「胸が大きいところ」と言うけど、翔太の元カノの好きなところは「性格」だった。元カノは2人とも平均的な顔立ちをしていたと思うし特別美人とか特別女子力が高いなんてことはなかった。ただ、性格が自分と合うから一緒にいて楽しいと思っていたから付き合っていた感じだ。例えるなら“友達の延長線”といった関係だろうか。
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