第二章 夢と現実

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「それでも好きなんだよ」 「でも、人妻はないだろ」 「別に不倫とかを考えてる訳じゃねーよ。俺、その子に告白して振られてるし」  翔太の言葉を聞いて朋也は驚いた様子で「マジで?お前が?」と返した。 「マジだよ。だから、今更どうこうしようとは思ってないから」 「そっか。なんか、嫌なこと聞いて悪かったな」  朋也は申し訳なさそうにそう言って翔太のお皿に唐揚げを置いてきた。その唐揚げを見ながら翔太は「別にいいよ」と吐き捨てるように言うと少し間を置いて口を開いた。 「それに俺、多分その子と付き合ってても上手くいかなかった気がするんだ」 「え?」  朋也が枝豆を持ったまま翔太を見た。 「価値観の違い。自分でも薄々気づいてたけど、俺恋愛だけで満足するタイプなんだよ」 「え、それってなんか寂しくないか?」 「なんで?」  翔太が聞き返すと、朋也は結婚の良さについて語り出した。  まず、生活が安定するし奥さんがいれば子供を育てられる。それに家事の効率だって良くなるし健康管理もしっかりできる。そして、大好きな人と一緒にいられる。  朋也は翔太がドラマでよく聞く言葉を一通り並べるとそれぞれについて熱く語りだした。  さっきまでは、奥さんが女に見えないと文句を言っていたわりには今はその奥さんの魅力について語っている彼を見てやっぱり恋愛と結婚は別なのだと改めて感じた。  仕事が看護師ということもあり、経済的不安はないし家事も1人で一通りこなせるし子供は好きだけど小児科で働いていることもあってかそれで満足している自分がいた。  もちろん、結婚すれば精神的にも身体的にも安心感や安定性が得られることは分かっている。でも、そうなると相手と考えなければならないことは山程あるだろうし意見が食い違ったらどちらかが我慢しなきゃいけなくなることもあるだろう。  そう考えると、自由でいられる独身の方が良かった。兄と姉が結婚しているからか実家の両親は何も言ってこなかったし、孫だって兄や姉の子供がいるから大丈夫だろう。こういう時も兄弟がいるとやっぱり心強い。 「俺、自由でいたいからあんまりそういう願望ないかも。仕事も頑張りたいしさ」 「本当、翔太は仕事好きだよな」  そう言って苦笑いを浮かべた朋也は「お前が羨ましいよ」と言って残りのビールを一気に飲んだ。  もちろん、激務な看護師の仕事をキツいと言う朋也の気持ちも分からない訳ではない。翔太だってそれは感じている。  だが、それよりも人の役に立てることに対しての喜びや達成感、やりがいの方が強かった。それが翔太が看護師を目指した理由だし自分のモチベーションにもなっている。 「なんかさ、仕事すごく楽しんだ。大変なことも多いけど、俺やっぱり人の役に立つことって好きだし人を笑顔にすることも好きなんだ」  そう言って翔太が笑みを浮かべた。 「お前は昔からそういう奴だよな。1人だけ実習も楽しんでやってそうな感じだったし」 「いや、俺も実習はそんなに好きじゃなかったけど」 「マジか。俺には楽しそうに見えたぞ」 「そう?」  翔太が聞き返すと、朋也はうんうんと頷いた。 「お前だけお局に可愛がられてたし。ほら、3年の時の」 「そうだっけ?」 「そうだって。あのおばさん翔太のこと大好きだったじゃん」 「そうか?」  そう言って笑いながら3年の時の実習でなぜか自分には甘かったベテラン看護師を思い出した。  他の学生と違って嫌な顔をしないからという理由で休憩時間に自分にだけお菓子をくれたり何かある度に自分だけを呼んできたあのおばさん。他の学生同様翔太だって嫌で嫌で仕方なかったはずなのになぜか彼女は自分を気に入った。  今思えば、良いように使われてたとしか思えないが、朋也や他の学生からしたら翔太が可愛がられているように見えたのだろう。  実際にはそんなことないと自分では思うけど、それをいちいち訂正するのもめんどくさくて翔太はぎこちなく頷いた。 「それにさ、お前悩みとかなさそーじゃん」 「そうでもないけど?」  本心だった。  いつもヘラヘラしている自覚は自分でもあったけど、人間だからそれなりに悩みはある。仕事のこととか恋愛のこととか。  だが、そんな気持ちは長年の付き合いの親友にも分からなかったようで彼は「なんか意外だな」と笑みを浮かべるだけだった。
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