第二章 夢と現実

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 それから1週間後、残業から解放されて帰路につこうとしたところ急に「岡崎っ!」と1歳上の先輩の佐原桃菜に背中を叩かれた。  看護師とはいえ、比較的髪型が自由な病院ということもあってか明るい茶髪にミルクティー色のインナーカラーを入れた佐原桃菜はお世辞にも真面目とはいえない容姿の人物だった。おまけに業務のスピードも遅いらしく彼女はお局達に目をつけられている職員の代表の1人だと翔太は思っていた。  でも、それを口にするつもりはなかった。仕事のスピードが遅いことは確かに欠点だが、彼女は子供の相手が得意だった。そういう意味では、小児科には向いてるんじゃないかと思う。仕事ならまだ挽回の余地があるはずだ。 「佐原さんお疲れっ」  翔太がそう言って片手をあげると、彼女は「疲れたよー」と言いながら背伸びをした。そして、ポケットから取り出したスマホをいじりながら翔太に話しかけた。 「私さ、今まで何人に振られたと思う?」 「え、急になんですか」 「いいから答えてよ」 「3人とかですかね?」  適当に翔太が人数を言うと彼女は「違ーう」と言って両手でバツ印をつくった。 「正解はは5人でした!別れた元夫とその他子連れのパパ4人」 「へー、佐原さんでも結構振られてるんですね」  なんとなく聞いてはいけない話を聞いてしまった気がして翔太は笑って流した。  確か佐原桃菜は、25歳の時に一度結婚するものの半年で離婚したのだと別の同僚に聞いたことがある。そしてそれ以来は、なぜか子持ちのシングルファザーの男性とばかり狙っていることもかなり有名だった。  なぜ彼女が子連ればかり狙っているのかはよく分からなかったが、最近もまた娘を2人育てているシングルファーザーの男性と付き合っているのだと聞いたことがある。 「ちょっと何その反応?」 「いや、やっぱり佐原さんは恋愛経験が豊富だなと思って」 「それだけ?酷いなぁ」  佐原桃菜はそう言うと、翔太より少し前に駆け出すと笑って振り向いた。 「この後、良い?」 「良いですけど、デートとかはお断りします。俺、年上は興味ないんで」 「私は年下OKだけど、岡崎みたいなパリピ看護師は無理かも」  そう言ってくるっと向きを変えた佐原桃菜に翔太は「パリピなのはそっちだろ」と心の中で返した。  お互いもう30代なのに顔立ちのせいか翔太と佐原桃菜は他の同年代の同僚達と比べて年齢より若く見えることが多かった。おまけに自分も彼女も派手な顔立ちやそういう雰囲気があるのかチャラく見られることも多かった。  例えるならスクールカースト一軍の派手なグループに所属してるのが自分達の立ち位置なのだと思う。  車に乗る前に佐原桃菜が指定してきたのは、勤務先から車で5分のところにあるイタリアン専門店だった。  少し遅れて翔太がイタリアン専門店に入ると、佐原桃菜はもう既にメニューを見ていた。 「佐原さん、遅くなってすいません」  遅くなったと言ってもほんの数分だし大した差はないけど、相手はこれでも一応先輩だから謝っておいた。 「まぁとりあえず座りなよ」  佐原桃菜は一瞬メニューから顔をあげてそう言うと、メニューを見ながら言った。 「岡崎、好き嫌いある?」 「特には」 「パスタは?」 「俺、何でも食べますよ」 「じゃあ、本日のパスタ…たらこクリームでいい?私、奢るからさ」 「じゃあ、それで」  別にたらこクリームでも別のパスタでも良くて適当にそう返した。好き嫌いはないし、パスタも好きだけどここ最近の自分は1人でいる時は少し食欲がない気がする。  それでも激務だと空腹になるから食べているけど、あまり美味しいと思える食事はほとんどなかった。  やがて、パスタが運ばれてきて気が進まないままそれを口に運んでいると自分と同じく佐原桃菜が急に「岡崎」と自分の名前を読んだ。 「私が前から気づいてたこと言っていい?」 「良いですけど」 「あんた、受付の青野美鈴好きだったでしょ?」 「は?」  思わず持っていたフォークを落としそうになった。  確かに職場で美鈴と一緒に過ごすことは多かった。休憩時間なんか特にそうだ。 「で、あの子は黙ってるみたいだけど彼氏できたでしょ?」 「ま、まぁそうですね」  彼氏はもっと前にできていたけどとりあえず彼女に話を合わせた。話をいちいち正しい方向に訂正して彼女に根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だった。 「で、気になってたんだけどあの子って結婚はまだ?」 「何も聞いてないですけど」  本当は、彼氏と婚約したことまでは知っていた。だけど、そこから先のことはまだ何も話せていないことも彼女がよく愚痴っている様子からそれ以降話が何も進んでいないのは確かな気がする。 「じゃあ、勝った!」 「え?」 「実は、私再婚が決まってさ」  そう言った佐原桃菜の指にはいつの間にか婚約指輪らしきキラキラと輝く指輪がついていた。
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