妻の決心

2/2
前へ
/153ページ
次へ
花乃に病院でのことを聞かされた。 花乃から綾の話を聞かされるのはおかしな感覚だった。 綾のことは別れてからもずっと忘れられなくて思い出すと切なかった。他の人では喪失感を拭えなかった。 でも、花乃と付き合い始めてから失われた物が満たされるのを感じた。花乃のオレへの想いは真っ直ぐでオレを安心させて癒やしてくれた。 自分の中に綾への気持ちがあることは、そんな花乃への裏切りだ。 だからその気持ちは何重にもくるんで色も形もわからなくして葬ったはずだ。 花乃に気づかれないように。 オレ自身がもう思い出さないように。 それが今、丸裸の状態で花乃の手に取られている感覚。 オレは綾への気持ちを確実に封印して前に進み、花乃との幸せにたどり着いたんだ。 それなのに綾と再会して、自分が何者かもわからなくなった。 綾といると好きで好きでたまらないという想いを抱えた幼くて向こう見ずな高校生のオレが蘇る。 花乃との関係はもっと成熟していて単純ではない。 花乃は穏やかな気持ちを与えてくれる。ずっとそばにいて欲しい。オレが幸せにしたい相手。結婚して子供が産まれて責任を負い大人になったオレ。 花乃と時間をかけて培ってきたものが、綾との再会で簡単に消え去ってしまいそうで一生懸命正しく在ろうとしているのに、心に刻み込まれた痕は正直に疼く。 ずっと忘れていなかったと思い知った。 ここ数ヶ月本当に混乱していた。 結局、花乃を傷つけてしまった。 でももう二度と間違えないと誓って戻ってきたんだ。 オレの手で花乃を幸せにするんだと。 そして今、綾が 綾が死んでしまうと知らされた。 綾が。 オレの愛する人が、オレが愛した人の窮境を知らせた。 「本当は今の今まで言おうか悩んだ。 でもやっぱり私は彼女を一人で死なせたくない。 綾ちゃんの気持ち知ってるから…。ゆうちゃんが彼女を大切に想ってることも、知っていたから。 ゆうちゃんには辛い時間になると思う。けどこのままゆうちゃんに知らせなかったら、この先、ゆうちゃんと一緒にいて幸せを感じる度に苦しくなると思う。 これからもゆうちゃんと生きていきたいから言うの。 それでもし、ゆうちゃんの気持ちが私から離れても恨まない。それがゆうちゃんの正直な気持ちならそれも受け入れるから。」 そこまで言って、花乃が不安げにオレを覗き込んだ。 「ゆうちゃん?」 オレは頷いた。 花乃の大きな愛に感服していた。 花乃の想いはオレだけじゃなく、綾にも寄り添っていた。 花乃はなんで、そんなことができるの? 二人目を宿した花乃はまた強くなったみたいだ。 花乃に見合う男になりたくなった。 「でもオレの家族は花乃と洸太とお腹の子だから。」 花乃がゆっくり頷いた。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加