壊れた

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壊れた

あれから何日も仮面をつけた生活。 疑心に囚われながら信頼してるフリ。 お互い不自然に自然を装う。 笑って会話して、一緒の布団で眠りにつく。 あの日から玄関への見送りをしなくなった。 するとキスもしなくなってしまった。 でも見送りに玄関へ行ってもキスされなかったらと思うと怖くて、いつも忙しくしてゆうちゃんの見送りはしなかった。 結婚してからずっと続けていたことだったのに。 触れられることすらなくなっていると気づいていたけど考えないようにしていた。 辛くても新しい朝はきて、1日は始まってしまうから。 今日は幼稚園へ来ている。 月に一度の役員会で昼間、役員が集まって活動報告や今後の話し合いなどをする。 いつも通りの役員会が終わると、年長組の役員さんが話しかけてきた。 「前田さーん。役員会お疲れ様。」 帰りかけていた琴子さんと私は立ち止まった。 今まで一度も口を聞いたことがないのに妙に馴れ馴れしいその人は私の顔を覗き込んで聞いてきた。 「ねえねえ、前田さんのご主人って、佐伯マナちゃんのママと知り合いなの?」 眩暈がした。 私は今からこの人に何を言われるのだろう。 「…はい。私もだけど、高校の同級生なんです。」 とりあえず冷静に答える。 「そうなのー?だからなのね。電車で2人を見たって人が結構いてねー、なんでかなーなんて思ってたのよ。」 笑顔で言いながらも、こちらの反応を窺っているのがわかる。嫌な人。 琴子さんが私とその人の間にスッと入り、言った。 「そりゃ通勤で電車を使ってるんだから会うこともあるでしょ。行きましょ、花乃子ちゃん。」 「でも、皐月(さつき)が浜の駅前を夜、二人で歩いてたのは流石に見間違いよねぇ?」 歩きかけた私たちをその声が引き止めた。 「うちの主人、仕事があっちの方で仕事帰りに二人を見たって言うのよ。ほら、前田さんのご主人、背が高くてこの辺にはいないようなイケメンだからすぐわかったって…。」 私は何も言えなくなった。 「見間違いよ!旦那にメガネ買えって言っときなさいよ!」 ほぼ怒鳴るように琴子さんが言ってくれたおかげでその人はそそくさと帰っていった。 ただ、気づくと周りにはまだ残っていた人が何人かいて、こちらを見ていた。 たぶん話の内容も聞かれていたと思う。 そういう他人の視線はしっかりと私に突き刺さり気づかないフリは出来なかった。振り払っても振り払っても纏く。 「行こ、花乃子ちゃん。」 琴子さんが私を支えるように背中を押してくれた。 琴子さんがいてくれてよかった。 「気にすることないよ!あの女、ああやってしょっちゅう人の噂話してるんだから。ホントむかつくわ!」 別れ際、琴子さんが何度も言ってくれた。 「ありがとう。琴子さん。」 笑って言ったつもりだけど、私うまく笑えているかな。よくわからない。 もう本当に何もかもよくわからない。
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