過去の人

1/8
前へ
/153ページ
次へ

過去の人

ゆうちゃんはそのまま帰ってこなかった。 私は土日を1人で過ごした。 静かすぎる家。 洸太の喋る声も、ゆうちゃんの笑い声も聞こえない。 日曜の夕方、実家に洸太を迎えにいった。 「あら、優太くんは?」 お母さんに言われて思わず嘘をついた。 「家で料理してくれてるの。」 現実とあまりに違う嘘に自分で言っておいて泣きたくなった。 洸太を連れて帰ってもゆうちゃんはいなかった。 「あれぇ、パパは?」 不思議そうに言う洸太。 「パパね、お仕事になっちゃったの。」 「朝になったらいる?」 「ーー。どうかなぁ。ママ、わかんない。」 そう言いながら涙が溢れた。 本当にわからない。 自分がどうしたらいいのかも。 洸太の前なのに涙がとめどなく流れて止まらない。 すると、洸太がティッシュを持ってきて不器用に涙を拭いてくれた。 「大丈夫だよ。僕が一緒にいるよ。」 私の顔を覗き込んで言った。 『大丈夫。パパが一緒にいるよ。』 ゆうちゃんがいつも洸太に言ってることだった。 台風の風の音が怖くて寝付けないとき、 公園でジャングルジムから降りられなくなったとき そうやってゆうちゃんが励ましてた。 洸太はゆうちゃんの愛情をしっかり受けて育っているんだと思った。 洸太を抱きしめてさらに泣いた。 この子から父親を奪うわけにはいかない。 ゆうちゃんはどこにいるんだろう。 綾ちゃんのところへ行ってしまったの? 私の人生から出て行ってしまうの? 裏切られて、傷つけられた。 それなのに、彼を失うことが怖い。 怖くてたまらない。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加