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座ったのも束の間、電車はオレ達の駅に着いた。
オレが立ち上がっても綾は座ったままだった。
「…綾?」
「ーーー海を見に行こうと思って。」
「海?」
「じゃあ、またね。」
綾はそう言ってオレに降りるように促した。
「…うん。また。」
手を振る綾に見送られて出口へと向かった。でも出口まで来て向きを変えて戻り、また綾の隣に座った。
「優太?」
ドアは閉まり電車が動き出した。
「オレも海を見に行く。」
電車はスピードをあげて、景色は一瞬でオレの見慣れないものになった。
馴染みのない景色が今オレがしていることは間違いだと言っていた。
あの駅で降りて家族の待つ家に帰ることがオレの正しいことだとすればこれは完全に間違っている。
それでも今日の綾を一人で電車に残せなかった。
オレはいつも綾が何を考えているかわからなかった。
オレが綾をわかってやれないことが綾を傷つけて孤独にさせてたこと、今ならわかる。
綾が一人で何かを抱えていてもそれが何か確かめようともしなかった。
今も綾が何を思っているのかわからないけど、綾のそばにいてやらなければと思った。あの頃とは二人の関係性は違うのに、それはオレの役目と感じた。
「なんで海?」
綾に訊いた。突飛な行動をしておいて単純な質問をしたからか綾は少し笑ってから答えた。
「あれ。」
綾は路線図を指差した。
「この電車に乗って行けば海に着くんだって、いつも思ってたの。このまま降りずにずっと乗っていたら…、って。」
路線図には幾つもの駅名が横一本に引かれた線の上に規則正しく書かれていた。端から3番目に「皐月が浜」と書かれている。それは海水浴場がある観光地で、オレも子供の頃親に連れられて行ったことがあった。
「そしたら夕焼けの海を見たくなってさ。」
綾は言う。でも皐月が浜までは少なくとも一時間はかかる。夕焼けにはとても間に合わない。
「夕焼けは無理かも、時間的に。」
「そっか…。じゃあ、帰ろうか。」
寂しそうに笑った綾が別人みたいに見えた。綾らしくなかった。
「いや、行こう。」
綾がキョトンとした顔でこっちを見た。
「夕焼けは無理でも海は見られる。」
嬉しそうに笑った顔はあどけなくて思わずこっちの顔も綻んだ。
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