皐月が浜

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電車での一時間はあっという間だった。お互い無言になることも多かったのに、それが少しも気にならなかった。 皐月が浜の駅に着くと日は完全に沈み夜になっていた。 それでも駅前は観光地らしく街灯が多く明るかった。 平日だからほとんど人が居なかった。 駅から歩いてすぐの海へと向かう。 少しずつ潮の香りがしてきて、遠くに来たんだと感じた。 海に着くと身体を通り抜けるような波音が絶え間なく聞こえた。 大きな満月が黒い海面を白く照らしていた。 「月が…すごく綺麗。」 「うん。」 月明かりに照らされた二人。 オレ達はただ、黙って海を見ていた。 15年経ってオレ達を取り巻く状況は大きく変化した。 オレは家庭を持ち、綾は母親になった。 ただ好きという無邪気な気持ちだけで一緒にいたあの頃には戻れない。 「今日来て良かった。」 海を見ながら綾が言った。 「こんなに綺麗な景色なのに、一人だったらきっとすごく寂しかったと思う。」 綾が何を思って海へ来たのかはわからない。 でも海を見ている綾の顔は穏やかで幸せそうだった。 「一緒に来てくれてありがとう。」 そう言って微笑んだ綾の表情が何故か泣いてるみたいで、消えてしまいそうで、 今日だけ… 今夜だけだから… 月明かりに言い訳してキスをした。
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