皐月が浜

10/18
前へ
/153ページ
次へ
「帰るよ」と言わなければならないのに、綾を胸に抱いてサラサラした髪を撫でながら月を見ていた。 「夕焼けは見られなかったけど朝焼けの海は見られるかな。」 綾が言った。 「見られるよ。きっと。」 「私は、朝焼けを見て帰るね。」 「…うん。」 綾を置いて部屋を出た。 誰もいないホームから電車に乗ると車内は眩しいくらいに明るくてさっきまでの月明かりの記憶が早くも幻のように思えた。 月明かりの差し込む部屋で、綾は一人、何を感じているんだろう。 最寄駅に戻ると見慣れた景色に日常へと引き戻される。 静かな家のリビングはオレのために電気がつけたままになっていた。 寝室もベッドサイドの電気はつけたままで、花乃が洸太を抱える様に背中を向けて寝ていた。 その夜にこの身体を花乃の隣に横たえることが後ろめたくて、花乃に背中を向けて眠りについた。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加