瞬きの時間

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初めて訪ねた綾の家は大きくて驚いた。 綾の父親は会社を経営していたそうでそれを聞いて納得した。広い庭に沢山の植物が植えられていて、外国の庭園みたいだった。 綾の母親がいつも庭の手入れをしていた。 綾の母親は初めオレを嫌っていた。既婚者なのに娘を訪ねてくる男なんて、誰だって嫌だろう。 まして綾の母親は長年夫の不倫に苦しんだ人だった。 花乃の了承を得てのことと説明はしたけど納得はできないようだった。 綾はいろんな話をしてくれた。 高校の時進路に迷っていたこと、高校を卒業して海外へ出たときのこと、東京でのこと…。結婚せずに一人でマナちゃんを産んだこと。病気になり、家へ帰る決心をしたこと。 オレはベッドの傍らに座って黙って綾の話を聞いていた。 表情豊かに話す綾を見ていると、高校の頃が思い出された。 その頃の綾は体調がよければ庭に出てベンチに座ることができた。 庭で遊ぶマナちゃんを眺めながらゆっくりと話し始めた。 「私が高校生だった頃、この家はこんな風じゃなかった…。」 綾の顔を見つめながら耳を傾けた。 「パパのせいでママは不安定になってしまって家の中は物だらけで、廊下にまでママが買った服や生活用品が散乱していたの。庭も荒れ放題だった。」 綾の顔が少し辛そうになった。 「ママが心を取り戻した時、私はもうこの家にいなかったけど、ママは一人で10年かけて、少しずつ少しずつ、この家を片付けて綺麗にしたんだって。」 オレは花乃を想った。綾もそうだった。 「愛する人に裏切られることがどれだけ人を傷つけるか知っていたのに、同じことを優太にさせてしまった…。」 綾の目から涙が溢れた。 「でもあの日、私には優太が必要だったの…。本当に、ごめんなさい…。」 綾はあの日、転移がわかり余命宣告を受けていた。 「綾のせいじゃないよ。オレはオレの意志で綾とあの海へ行ったんだから…。」 そう、あの日電車を降りられたのに降りなかった。 あの時たしかに綾への想いがあったから。 それが花乃への裏切りと知りながらそれでも綾を抱いたのだから。 「花乃への償いはこの先オレがしていくことだから。」 綾にも自分にもそう言い聞かせた。
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