前田花乃子

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ぼーっとしているといつの間にか隣に前田くんがいて私の名前を呼んでいた。 前田くんは顔が少し赤くなっていて酔っているのがわかった。さっきの女子たちに飲まされてしまったのかな。前にも何度かお酒を飲んだけど、前田くんが酔っているのを見たのは初めてだった。 「岩瀬さん、山部がタケを送るから一緒に送るって言ってるけど、岩瀬さんはどうする?」 「え?」 「山部、もう駐車場で待ってるよ。」 店内を見渡すとほとんどの人が帰り始めていて、タケくんと山部くんも居なかった。 一人で飲んでいるうちに私も少し酔ってしまったみたいだ。 …前田くんはどうするの? 聞こうとしてやめた。 また、前田くんについて行こうとしている。 前田くんの彼女になれるわけでもないのに…。 それなのに相変わらず前田くんの近くに居ようと必死な自分に気がついて惨めな気持ちになった。 前田くんは、何も言わないでいる私を不思議そうに見つめていた。 酔っているせいか、綾ちゃんに恋しているときみたいな優しい目をしていた。 すると、私は独り言みたいに言っていた。 「……どうしたら、前田くんの彼女になれるの?」 前田くんの目が少し大きくなった。 けれど不意に言ってしまうと、もう抑えられなくて涙が止めどなくあふれた。 「ずっと前田くんのことが好きなの…。  私も…。私だって、前田くんの特別な人になりたいっ!」 自分でも知らずに押し殺してきた想い。 (私は彼女になれなくても平気) (私は前田くんを誰よりも理解しているから) そんな風に自分に言い聞かせて平気なフリをしてきた。 前田くんに告白する勇気すら持たない自分を正当化したくて物分かりのいいフリをした。 そうでもしないと居られないほど、前田くんが好きだった。 次々と彼女ができる前田くんを、それでも好きで居続ける哀れな自分に気付きたくなかった。 前田くんと手を繋いで歩きたい。 綺麗な目で見つめて欲しい。 前田くんの大きな手で私に触れて欲しい。 私の願望は涙になって次々溢れ落ちた。 前田くんは優しい表情のまま、指で私の涙を拭ってくれた。 そして、言った。 「ーーーじゃあ、山部と帰らないでオレと居てくれる?」 私は必死に頷いた。 「帰りたくない…前田くんと一緒に居たいっ…。」 泣きながら、縋る思いだった。
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