前田花乃子

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前田くんはその場で山部くんに電話して「岩瀬さんはオレが送るよ」と言って電話を切った。 「…いこ?」 そう言って差し出された前田くんの手を私は迷わず掴んだ。 前田くんが微笑んだ。 お酒のせいもあって 一方的に想いをぶつけてしまった。 私の想い、前田くんに届いたの? 前田くんと手を繋いで歩き出しても、その状況に頭がついて行かなかった。 背伸びして買った丈の長いコートが脚に纏わりついてうまく歩けなかった。 今前田くんの手を握っているは本当に私なの? ふわふわしたままの私に思いがけない言葉が降ってきた。 「岩瀬さんは…。」 「岩瀬さんは、ずっと特別だったよ。」 真っ直ぐ前を見たまま彼は言った。 「……。」 今までで一番近い位置 ずっと憧れていた場所から 前田くんの綺麗な横顔を見上げていた。 幸せの過剰摂取は私の思考を奪ってしまって物を言うことを忘れていた。 道ゆく車のヘッドライトが次々に私たちを照らしては走り去ってゆく。 その度に前田くんの顔がはっきりと見えた。 前田くんは私の視線に気がついてこっちを見た。 いつもならここで目を逸らす。 見つめていることに気づかれないように。 でも隣から見上げた前田くんの顔があまりに綺麗で目を逸らせなかった。 立ち止まって見つめ合う私たち。 前田くんの手が、私の頬に触れた。 「特別で大切だから触れられなかった。一生懸命気づかないフリして…。」 前田くんの指がゆっくりと頬を撫でた。 こんなシーン何度も夢見た。 でも、これは夢じゃない。 あたりに漂う車の排気ガスの匂いや、年末の街の喧騒、頬にあたる冬の風。 そういういろんなものがリアルだと知らせていた。 私たちはキスをした。 前田くん 前田くん 前田くん…。 抱きしめられると気を失うかと思うほど高揚した。 触れたくても手を伸ばす勇気すらなかった。 今は手を伸ばす必要はない。 背の高い前田くんにすっぽり包まれていた。 こんな状況でも臆病な私は抱きしめ返すことすらできなくて前田くんのコートをぎゅっと掴んでいた
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