前田優太

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ある日の昼休み、綾はまた突然やって来て、オレの左手の甲に油性ペンで猫の絵を描いていた。 その前は教科書に猫が歩いているパラパラ漫画を描かれたっけ。 季節は冬になっていて、綾は白いセーターを着ていた。 セーターの袖から覗いた華奢な手が強引にオレの左手を掴んでいた。 この頃にはもう綾のイタズラにいちいち騒がず、されるがままだった。オレは右手で頬杖をついて左手のことは綾に完全に預けていた。 綾が近くにいることが心地よかった。 綾が描いている目がハートの変な猫を眺めながらオレがつぶやいた。 「綾ってほんと何考えてるかわかんないわ。」 すると綾はパッと顔を上げた。 思いの外近くてドキッとした。 真っ直ぐにオレを見て言った。 「優太のことが好きなだけだよ。」 「はっ?!」 意表を突かれて間抜けな声が出た。 周りには山部たちもいて驚いた顔を見合わせてからこっちを見た。 オレの返事を期待していたんだろうけど、オレは綾の顔を見たまま固まっていた。 綾はそんなオレたちに構わずに猫の続きを描き上げた。 「できたっ!」 そう言って油性ペンのキャップをパチンとしめると教室から出て行った。去り際のその顔は初めて呼び捨てにした時と同じように赤くなっていた。 綾が教室を出たのと同時に山部たちが大声を出した。 「おーーーい!どーなってんだよ!オマエらー!」 「今のって告白!?」 「まぁそうだろなとは思ってたけどさー」 「つかオマエなに固まってんだよーー!」 肩にパンチを喰らったり、首を絞められたりしながら言われたことがはっきりとした。 手に描かれた猫には吹き出しがあって「すきです」と書いてあった。 その日の放課後、部活に行く前の綾を捕まえてオレも好きだと伝えた。 赤い顔をした綾が恥ずかしそうに笑った。
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