前田優太

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もしかしたら綾にとってはどちらも急ではなかったのかもしれない。 オレが鈍感すぎて綾の気持ちの変化に気づけなかっただけで…。 新しい相手のことなんて聞きたくなかったのに綾は話しだした。 相手はバイト仲間の大学生。 その人のことが日に日に気になって、今は好きになってしまった。と。 ーーーアイツか。 山部達とバイト先に凸ったときにチラチラこっちを見てきた男を思い出した。 「今も優太のこと好きだよ。だけど…。もっと私を好きなって欲しかった。私ばっかり好きで苦しかった。」 最後にそう言われた。 は? 何言ってんだよ! 私ばかりって…。 オレだって…! オレの方が綾を好きだよ! なんならその大学生よりもオレの方が綾を好きだよ! そう叫びたかった。 でもそんなこと言っても無意味だ。 綾のはっきりした性格は知っていた。 オレの横で笑わなくなってた綾。 もう綾の中にオレはいない。 それなのに最後の最後に未練がましいことを言って困らせたくなかった なんとか言葉を絞り出した。 「ーーー苦しめてたなら、ごめん。 でも、オレは… 綾といられて楽しかったよ。」 それを聞いた綾の表情が少し歪んだように見えた。 目を長く閉じて 再び目を開けるとすごくさっぱりした顔をしていた。 「私の方こそ、勝手でごめんね。…最後に握手しよ。」 そう言って手を出した。 白いセーターの袖からのぞいた手。 いつも握ってた手。 大好きな彼女の手。 その手を掴むとそのまま引っ張って強引に抱きしめた。 離したくない。 誰にも渡したくない。 オレの横で笑っててよ。 なんでオレじゃダメなの? 言えない言葉の代わりに力が入ってしまった。 でも以前なら背中にまわっていた手がゆっくりとオレの胸を押し返した。 手を離すと綾は俯いて泣きそうな顔をしていた。 最後にこんな顔させてしまうなんて。 もうオレじゃダメなんだ。 綾を笑顔にできないんだ。 オレが何を言っても困らせるだけなんだから。 「ごめん。」 もうそれしか言えなくてそのまま離れた。 握手して笑顔で別れたかったんだよな。 最後まで綾の想いに応えられなくてゴメン。 綾とはそれきり。 クラスも離れていたから綾が会いにきてくれなければ会うことはなかった。 会話らしい会話もすることなく、オレ達は高校を卒業した。
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