前田花乃子

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私の高校生活であんなたくさんの人達と一緒にいたのはあの時だけだと思う。 看板の作業に終わりが見え、残ってくれたみんなも帰り支度を始めた。 魔法が解けたように私の周りからは誰もいなくなり、前田くんを中心とした数人がガヤガヤと教室を出ようとしていた。 その時、前田くんのペンケースが私のすぐ近くに置いたままになっていることに気がついた。  そのペンケースを慌てて掴むと自分でもびっくりするくらい大きな声で叫んでいた。 「前田くんっ!」 前田くんと周りの男子達が一斉に振り向いた。 「あの、ペンケース…。」 「あー、…忘れてた。」 前田くんがこちらに戻ってきた。私も数歩歩み出てペンケースを渡す。 「ありがとう。」 ペンケースを受け取った前田くんに言った。 「こちらこそ、あの、今日は助けてくれてありがとう。」 作業中からずっと言いたかったことだった。 「助けたとか…大げさ。文化祭、成功するといいね!」 前田くんが笑って言ってくれた。 私に、微笑んでくれた。 なぜか泣きそうになって声が出なくて大きく頷くことしかできなかった。 前田くんは待っている男子の集団へ戻り帰って行った。 私はその姿を見送った。胸がいっぱいでしばらく動けなかった。 この瞬間をこの先何度も思い出すだろうなと思った。 実際にあれから15年も経つのにあの日のことは鮮やかに思い出せる。 32歳になって、私の旦那さんになっている前田くん。 隣に寝ている寝顔を見ていても信じられない思いだ。 ずっと見てきたから前田くんーゆうちゃんのことはなんでもわかる。 何を考えているか、何を見ているか。 本当に不思議なくらい何でもわかってしまうの。
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