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私と琴子さんはお菓子釣りコーナーの係だ。
袋に詰められたお菓子を紐で幾つも吊るして、子供の手前に垂れ下がった紐を引っ張ってもらう。沢山の紐は一つにまとめられているのでどの紐にどのお菓子がついているのかはわからない仕組みだ。中身に大差はないのだけど、子供達はどれにしようと一生懸命に考えている。
悩みすぎてママに急かされている子もいてかわいい。
引っ張り上げたお菓子を渡すと、嬉しそうに抱える姿にこっちまで嬉しくなった。
あいた紐に新しいお菓子をつけているとピンクの浴衣の女の子がやってきた。
「はーい、いらっしゃい!どの紐にするー?」
隣にいた琴子さんが明るく接客する。
その女の子の隣にはさっき見かけた白いワンピースの人がいた。椅子に座る私の顔の前には幾つもお菓子が吊るされていて前はよく見えない。だからその人の顔もうまく見えなかった。
「このひもー!」
元気な声と共に女の子が紐を引っ張り、勢いよくお菓子の袋が上がった。
「おー!すごいじゃんマナ!このお菓子大きいよ!」
その声を聞いて私は息を呑んだ。
「えー!マナ、あっちのピンクの袋が良かったのにー。」
無邪気な女の子の声が聞こえた。
引っ張り上げられたお菓子を紐から外し子供に渡してあげるのが私の役目。琴子さんと役割分担していた。
それなのに私は動けないでいた。
そんな私を不思議そうに見た琴子さんが、代わりにお菓子を外して渡してくれた。
「はい、どうぞー。」
「ありがとー!」
初めは不満気だった女の子はお菓子を受け取ると嬉しそうな声をあげた。
私はハッとして立ち上がるとその女性の顔を確認しようとした。
けど2人はもう背中を向けて歩き出していて、顔を見ることは出来なかった。
私の挙動を見守っていた琴子さんが思い出したように言った。
「あ、そーか!花乃子ちゃん、今のママ知ってた?」
「…え?」
「あの女の子、今月転入してきたばかりらしいの。年長さんだから葵やこうちゃんとは違うクラスなんだけどね、あの子のママ、ひろき先生の同級生なんだって。
ってことは花乃子ちゃんや、こうちゃんのパパとも同級生なのかなって…。」
心臓がギュとなった。
「あれ?違った?」
「…えっと、顔がよく見えなかったから…。」
そう答えながら私の中には確信があった。
よく通るあの声。
いつも教室中に響いてた。
お似合いな2人の姿が脳裏に蘇った。
あれは紛れもなく綾ちゃんの声だった。
「なんかね、東京にいたらしいんだけど離婚して子供連れて実家に戻ってきたみたいよー。綺麗だし東京にいたって聞くと急にハイレベルに感じちゃうよね田舎者はw」
琴子さんが戯けて言った。
「…うん。」
うまく返事できない。
不安が一気に押し寄せる。
この園庭には今、ゆうちゃんがいる。
ゆうちゃん…。
ゆうちゃん、本物の綾ちゃんと会ったらどうなってしまうの。
怖い。
ゆうちゃんと結婚して、沢山愛してもらって、子供までいるのに、綾ちゃんより自分を選んでもらえる自信がない。
しかも離婚してるってことは今はシングル。
心臓がどんどん速くなった。
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