前田花乃子

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前田くんは私の青春そのものだ。 高3の冬、前田くんと綾ちゃんが別れたという噂が広まった。でも私は噂になる前から二人の別れに気づいていた。 綾ちゃんがバイトのない月曜と木曜は必ず二人一緒に帰っていたのに帰らなくなっていたし、綾ちゃんが前田くんに会いに私たちの教室に来ることがなくなっていたから。 綾ちゃんといる時の前田くんはいつもに増して優しい表情だった。時々相槌を打ちながら、綾ちゃんの一方的な話を聞いてあげていた。 前田くんは綾ちゃんの顔を微笑んで見つめていた。 前田くんにあの表情で見つめられていること、綾ちゃんは気づいているのかな。 私しか知らないかも。そう思うほどささやかな変化だけど、綾ちゃんを見つめる前田くんの表情はいつもと違って、恋をすると人ってこんな顔になるんだと思った。  綾ちゃんはオーバーな身振りで教室の隅にいても聞こえる大きな声で話していた。 「佐伯綾ー!うるさいぞー、教室に戻れー!」 先生の真似をした山部くんが綾ちゃんをからかっても 「は!?山部に言われたくないんだけどー」 と言い返すくらい前田くんの友達と仲が良かった。 前田くんのグループの男子に完全に打ち解けていて、休みの日にも一緒に過ごしているみたいだった。 綾ちゃんのバイト先のコンビニに前田くんたちが買い物に来て迷惑だったとか、何かのゲームでタケと呼ばれている佐竹くんが綾ちゃんに負けたとか。 「タケー!いつになったらマリカーのときの500円払ってくれるのーw」 「え?300円でしょ!ってかあれは負けてなかったし!山部が邪魔したせいだから!」 全部、綾ちゃん達が大声で話すことを私が盗み聞いただけだけど、前田くんやその周りの情報は簡単に知ることができた。 私は綾ちゃんや、前田くんの動向を彼らの会話から勝手に仕入れて、想像や推測して補完した。 私はその場にいなかったのに自分も一緒にいたかのように錯覚することすらあった。 綾ちゃんのバイトの日ははっきり定まっていないけど月曜と木曜が必ず休みでそれは店長の奥さんがその日に店で働くから。とか、その奥さんが意地悪で綾ちゃんは嫌っている。とか。 それも全部、私に話してくれたわけじゃなくて、綾ちゃんが前田くんに言っているのが聞こえただけ。 彼らの話を、本を読んだりノートを開いて勉強しているフリをして聞くことが私の日課だった。 だけど綾ちゃんが教室に来なくなって、前田くんの表情が暗くなった。 山部くん達が「次いこーよ!次!」とか言ったり、月曜と木曜も山部くん達と帰っていたりして別れたんだと思った。
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