夏の夜に帰ってくる

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
夏の夜に帰ってくる。 そうあなたは言ったまま、後ろも見ないで汽車に乗った。 それはまだ肌寒い初春の頃。 桜が咲き始めた、まだ冬の寒さが残る朝。 立派な身なりなんかして、毎日冗談ばっかり言っていたのに、今日に限っては一つも冗談なんて言いやしない。 夏の夜に帰ってくる。 そんな言葉を信じて、夏の夜には、人の気配を探した。 誰もいない、誰も来ない、そんな場所であなたを待つ。 いつもふざけて笑っていたあなたの顔が思い出になっていくだけ。 記憶がもう曖昧になり、額縁に入った写真は古ぼけていく。 夏の夜に帰ってくる。 そんな言葉を信じて、もう何十年。 まだ昨日のことのように、わたしの中では残っている。 振り向けば、あなたが帰ってきているんじゃないかと。 家に帰れば先に帰ってきてるんじゃないかと。 ただただ、そう思う気持ちだけが、 わたしをささえていたんだと、 つい最近、気づいた、 真夏の夜。 もう帰ってきていたんだと気づいた 真夏の夜。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!