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<和輝side>
あのあとから、智琉は喋ることが出来なくなった。
一日のほとんどを寝て過ごすようになって、目もあんまり見えてないみたいだった。
それでも俺のことだけは分かるみたいで、俺は見舞いに行けば必ず、智琉は笑顔を見せてくれた。
前とはうって変わって、大分弱々しくなっちゃったけどな……。
「智琉、今日もいい天気だぜ。一緒に出掛けれたら良かったのにな」
「…………」
「今は無理だけど、また今度行こうな。智琉の好きなところ、行こ」
「…………」
俺がどれだけ話しかけても、智琉からは何も返ってこない。
部屋の中に俺の声が響き渡るだけ。
でも、智琉に寂しい思いをさせないように、俺はなるべく言葉を絶やさないようにしている。
俺はちゃんとここにいるよって。
智琉の隣にいるよって伝えるために。
「そうだ、智琉の母さんからお土産預かってたんだった」
「…………」
「今日はあの家の近くにあるパティスリーの焼き菓子だってさ~」
「…………」
「俺にもあとで一個ちょーだい」
「……っ」
カバンの中から丁寧に放送された箱を取り出して、それを机の上で開けてたら、一瞬だけど智琉が声を出そうとしたような気がした。
包装紙のガサガサのせいで聞こえてなくてもおかしくない、とても小さな声。
もう声というより息に近かったけど。
思わず俺は箱から手を離して、ベッドのそばに寄る。
「智琉?どうした?」
「…………」
俺が聞き取った声はやっぱり智琉のものだったみたいで、智琉は軽く口を開けていた。
焦点の合わない瞳で俺のことを探しながら、右手を伸ばしてくる。
その手を迷わず両手で掴んで、俺は智琉にもう一度話しかけた。
「ここにいるよ、智琉」
「…………」
「どした?なんか欲しい?」
――――――
もう喋れないんだから当然なんだけど、俺が話しかけても智琉からの返事はない。
その代わりなのか、俺を見つけた智琉は一度だけ微笑んでくれた。
ちょっと口角が上がっただけだったけど、絶対に智琉は笑ってた。
しっかりと俺のことを見て、しっかりと俺の手を握って。
俺のことを見ている黒い瞳は、間違いなく今傍にいるのは俺なんだと、ちゃんと認識してくれてる瞳だった。
そんな瞳を俺に向けたまま、でも智琉はそれ以上は動かない。
「智琉……?」
――――――
*
智琉との会話は、それが最後だった。
本当は大好きだよとか、ずっと一緒だよとか言いたかったけど、でも傍にいるよって伝えられたかもしれないから、まだ良かった方なんだと思う。
何も伝えられなかったよりも、良かったと思うべきなんだと思う。
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