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<智琉side>
あの日を境に、俺は声を出すことが出来なくなった。
一日のほとんどを寝て過ごすようになって、視界もぼやけてあんまり見えてない。
それでも和輝のことだけはどんな時でも分かった。
和輝が見舞いに来てくれれば必ず、俺は笑顔で和輝のことを迎えた。
笑顔っていっても、自分でも見たことないくらい弱々しいものだろうけどね…。
「智琉、今日もいい天気だぜ。一緒に出掛けれたら良かったのにな」
「…………」
「今は無理だけど、また今度行こうな。智琉の好きなところ、行こ」
「…………」
俺は何も返すことが出来ないのに、和輝は必ず俺に話しかけてくれる。
部屋の中には和輝の声だけが響き渡って、俺も返事をしてあげたいのに何もできないから悔しい。
一方的に話しかけてるだけの和輝も、虚しいだろうに…。
きっと俺に寂しい思いをさせないようにって気遣ってくれてるんだ。
声の出ない、目も見えない俺に、ちゃんとここにいるよって教えてくれてるんだ。
俺も和輝に「ちゃんと聞こえてるよ」って伝えられたらいいのにな……。
「そうだ、智琉の母さんからお土産預かってたんだった」
「…………」
「今日はあの家の近くにあるパティスリーの焼き菓子だってさ~」
「…………」
「俺にもあとで一個ちょーだい」
「……っ」
ほぼ毎日のように持ってきてくれている母さんからの差し入れを、今日も持ってきてくれたみたい。
母さんも和輝に預けずに自分で持ってくればいいのに…。
まぁ和輝との時間が増えるから俺的には嬉しいんだけどね。
家の近くにある、深山家と一ノ瀬家には人気の、小さなパティスリー。
そこの一番人気の焼き菓子が、今日のお土産みたい。
あんまり甘くなくて食べやすいから、俺もあそこのパティスリーは焼き菓子が一番お気に入り。
「智琉?どうした?」
「…………」
せっかく持ってきてくれたんだから、一口だけでも食べれたら……。
そう思ったのと、あとは和輝にありがとうを伝えたくて頑張って話そうと思ったんだけど、やっぱり俺の口からは空気が零れていくだけだった。
それならせめて行動で示そうと思って、和輝を探して右手を伸ばしてみる。
ぼんやりとだけ見えている人影に向かって手を伸ばすと、それに気づいた和輝が俺の手を握ってくれた。
和輝の手のひらの暖かさが、俺のそれを伝って俺の心まで届く。
「ここにいるよ、智琉」
「…………」
あぁ、あったかいなぁ……。
和輝の手は、いつでもあったかい。
それに撫でられるのが好きだった。
それに触れられるのが幸せだった。
もっとずっと触ってたいなぁ……。
それが叶ったらよかったのになぁ……。
俺だけの特権だったはずなのになぁ……。
「どした?なんか欲しい?」
――――――
でも、俺にはもう無理みたい。
俺にはもう、時間がないみたい。
ありがとう。大好きだよ。
俺の分まで生きて。楽しんでね。
ちゃんと勉強するんだよ。でも倒れないようにね。
ありがとう、和輝。ずっとずっと、和輝のことが大好きだよ。
沢山伝えたいことは残ってる。
何も伝えられてないのに、俺はもう消えていくんだなって思うと、やっぱり悔しい。
でも和輝ならわかってくれると思って、俺は最後の力を振り絞って、和輝のことをしっかり見据えながら和輝に微笑んだ。
ごめんね、こんな顔で。
ごめんね、こんな最後で。
ごめんね、ずっと隣にいてあげられなくて。
俺の最期を看取ってくれたのが和輝で良かったよ。
最後に傍にいてくれたのが、和輝で良かったよ。
「智琉……?」
――――――
ばいばい、和輝……
だからどうか、和輝だけはしあわせにね……
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