片想い、そして悠久

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<No side> 深山智琉の主治医であった橋本が次に彼の病室を訪れた時、その場は凄惨と表現するに等しい状態であった。 病室で患者が死亡しているのを目にすることは、病院ではよくある事だ。 それ自体に、なんらおかしいことはない。 それに、今しがた深山智琉は息を引き取ったのだ。 ベッドの上に屍が横たわっていたって違和感は当然ないだろう。 しかし、まさか深山智琉という屍の上にもう一つ、今にも屍になりかけている、辛うじて人間と言えよう物体が転がっていようとは。 それは、誰も想像しえなかったことである。 その、まだ人間としての形をギリギリ留めている物体の口からは鮮血がしたたり落ちており、意識は殆ど消失していた。 顔は真っ青で不整脈を呈しており、呼吸もまともに行われていない。 深山智琉が入院中使用していたベッドの脇には小さな瓶らしきものが落ちており、それは原形をとどめずガラスの欠片と化していた。 おおよそベッドの上から落ちて砕けたのだろう。 白いベッドの上に横たわる屍と、屍と表記した方が正しいようにも思える物体。 そしてそのうちの屍になりかけている人体から滴る鮮血と唾液。 シーツに染みわたった、血で描かれた真っ赤なまだら模様。 床には砕け散った、原形を留めていない小瓶のようなもの。 ガラスの欠片付近に少しばかり残っている液体。 全体的に薄暗い病室。 先ほどまで家族が集まって、深山智琉の死を嘆いていた環境に、どうすれば見えようか。 先ほどまで深山智琉を想っている人たちが集まっていた、いっそ暖かさすら感じられた環境に、どうすれば見えようか。 いま橋本の目の前に広がっているのは、ただの残酷な空間でしかなかった。 しかし、そんな中で二人の顔だけは恐怖心を覚えるほどに穏やかであった。 屍も、屍らしき物体も、驚くほどに穏やかな笑顔を浮かべているのだ。 それがまた、更にこの病室に不気味さを加えている。 何もかもが異質で不気味。 ベッドの上の屍と物体も、滴る血液も、ガラスの欠片も、病室の空気も。 そして屍と物体が浮かべている笑顔が、何よりも。
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