きんいろ。

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アイスの棒を砂浜に突き刺して回しながら、長い沈黙を埋める波音に瞼を伏せる。 じっとりと背中に滲む汗が幾筋も伝っていくのを感じた。 「花火、好き?」 「ううん。あんまり」 「そっか。俺もあんまり好きじゃない」 じゃあなんで来たのかとは訊けなかった。 好きじゃないと言ってしまった手前、同じことを聞き返されたら黙るしかなくなる。 海面が燃えて、やがて凪ぐ。 波間に立つ白い泡に夕日の色が滲む。 白を纏う燃えるような赤は、江川くんの髪色を彷彿とさせた。 江川くんを横目に見遣ると、金髪の毛先が赤を含んで揺れていた。 「葵と仲良いんだよな」 「うん。なんか、すごい気に入ってくれてるみたいで」 「あれは懐かれてるって言っていい」 江川くんが『葵』と口にしたとき、心臓が嫌な瞬きをした。 長く尾を引いて響くその音が盛れ出ないようにきゅっとくちびるを噛む。 他の人を男女関わらずに名前を呼び捨てにすることは知っているのに。 わたしもそのおかげで名前を呼んでもらえて、今日を忘れられない夏の思い出にできるのに。 どうしても、女の子の名前を聞くと心がざわめいて落ち着かない。 波打ち際には近付いてすらいないのに、足元を攫われるような感覚。
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