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 昼休みに、食堂のカウンターで新聞を読んでいた陽翔は、ふと眉を上げた。  知っている名を見つけたのだ。  青崎(あおさき)朗。  北海道行きフェリーから転落して行方不明。  指先でその名を静かになぞった。  あの航路は、陽翔の故郷の沖を通っている。  朗も知っていてフェリーに乗ったのだろう。  朗は、甲板に立って、深い海に思いをはせたのか。月の美しい夜だったにちがいない。海は月の光で銀にきらめく。すると波間に、ほの白いものが現れる。  朗は目をこらす。  あの少女が、こちらを見つめている。ほっそりとした白い両肩のまわりで、海よりも暗い色の髪が波にゆれる。  彼女は微笑み、しなやかな手を差しのべる。  朗は身を乗り出す。  そして、海に呑み込まれたのだ。  海霊が見せた幻だとは気づかずに。  祖父は若いころに一度だけ、海に帰る海霊を見た。  青緑の鱗にびっしりと覆われた、巨大な鮫もどきの姿だったという。身体から太く突き出た両手足は鋭い爪を持ち、ひきずる長い尾には鋼のような鰭がついていた。  陸に上がった時にだけ、彼らは人間の好む美しい女に変化(へんげ)する。  海霊の夫となった者は、海霊が産んだ卵が孵る時期になると、必ず海に引き寄せられるのだ。  生まれた海霊がはじめて口にするものは、自分の父親の肉だから。  長い年月、陽翔の浜は海の守りを受けてきた。二年半に一度、一人の若者と引きかえに。  さもなければ荒ぶる海で、幾人もの男たちが命を落としていたことだろう。嵐や津波に襲われて、あの小さな美しい浜は消えていたことだろう。  海霊が、同じような血を好まなくなったのは幸いだった。浜を離れた陽翔たちは、手頃な若者を連れ帰りさえすればいい。浜に後継ぎが絶え、静かな終焉を迎える時まで。 「海童くん」  陽翔は、はっと顔を上げた。 「ああ、中澤さん」 「ここに来てたのか」 「中澤さんが美味しいって教えてくれた店ですからね。お先してました」  中澤は陽翔が転職した会社で同じ部署にいる。陽翔より三つほど年上の人の良さそうな青年だ。  中澤は陽翔の隣に腰をおろした。 「何を頼んだの?」 「海鮮丼」 「いいね。おれもそうしよう」  おしぼりで手を拭きながら、 「どう、仕事は慣れた?」 「ええ」  陽翔は新聞をかたわらに放り投げ、にっこりと笑った。 「おかげさまで」     
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