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「もう、そろそろ良いか」
柔らかい声が漂って来て、宗助は目を開けた。
そこは、宗助が寝ていた我が家ではなかった。さっきまで眺めていた桃色と水色の夕焼けの空が広がってはいるが、寝転がった宗助の背中に広がるのは、真っ白な砂浜だ。
淡い夕焼けの空は、少しずつ色合いを変えている。日はもうすぐ沈み切るのだろう。夕日の金色の筋が弱くなっている。空の色は、桃色から徐々に水色、そして藍色になり、その上を黒い夜闇の端切れが流れる風のように巻いていた。
鮮やかで儚い夕空を背景に、川を渡るような舟と、それに乗っている声の主の輪郭が浮かんでいた。
「? あんたは誰だ? 誰を待っている」
「私は船頭だ。待っているのは、お前さんさ」
柔らかい声の主は、宗助のほうを見ている。
どうやら、男のようだ。きものに野袴、編み笠を被り、時代劇にでも出てきそうな風合い。編み笠で目元まで隠れて顔はよく見えないが、すっと整った鼻筋、形の良い口元と顎が見える。涼しげな顔立ちだと宗助は思った。
舟は川渡しで使われるような、細い型だが、微かに日の残りが揺らぐ水平線は、穏やかな湖のように、午後の凪いだ海のように静かだ。この小さな舟でも難なくわたっていけるだろう。
俺を待っていると言った。では、俺はどこへ行くのだろう。
「……弟が、まだこちらに向かってる途中だと思う。着くまであと少し」
「日が暮れたら、彼岸へ逝けなくなる」
宗助の言葉を遮り、男はすうっと微笑んだ。
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