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「弟を見せてやったぞ。もう思い残すことは無いだろう。日が暮れたら、渡るには暗すぎるんだ。早くこちらへ来い」
船頭の声に、宗助は慌てた。最後に一目会えはしたが、他にも言いたい事が山ほどあるのだ。
「まだだ! あいつには色々言わなきゃならない事があって」
「今の世、兄弟同士でそんなに話す事があるのか」
「いちいち、難癖つけないでくれ」
死んでしまったら、もう太輔に会えないのは自明の理だ。もっと早く、太輔と会っておけば良かったのだが、今更言ってもしょうのない事である。
ここは泣き落としでも、待ってもらわなければなるまい。起き上がって船頭の方を向くと、察したのか面倒臭そうに頷いた。
「‥‥わかった。」
船頭は、竿を水面に突き刺し、舟を留めた。目深く付けた編み笠に手をやり、空を見上げる。
「お前が逝くのは、生き物としての条理だから、外れると弟と同じ輪廻には戻れぬ。ろくなことを考えず、さっさと伝えるといい」
白い帆布のようなスクリーンの向こうの弟は、車窓に持たれて眠り始めたようだ。
「俺の言葉はあいつに伝わるのか?」
「ああ、今なら。境界にいてもお前の言葉が届く」
「有難い!」
宗助は、太輔に目を向けた。空に向かい、大きく息を吸う。
「太輔! 宗助だぞ! 聞こえてるか!」
「やかましい。怒鳴らなくとも聞こえてる」
船頭がやれやれと言わんばかりに、編み笠を目深く直した。
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