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2 遺言
「太輔! 久しぶりだな、げんきにしてたか?
今日は、俺のことでわざわざ帰って来てくれて、ありがとう。
俺はな、もうお前も知ってるとおり、そろそろ死ぬ。
でも、これは寿命だ。お前がどうこうというものでもないから、気にするんじゃないぞ。もう、これが最後だから、少し俺の話を聞いてくれ。
お前が生まれたのは、俺が4歳くらいの頃だ。
母さんのお腹がまあるく半月のようになって、その日の朝、日が昇った後にお前が生まれた。俺も一緒に行くと思ってたんだけどな、二人だけで車に飛び乗って出かけてしまった。
なつ叔母さんと一緒に家に残ることになってしまって、母さんのことがとても心配だったのを覚えている。あの後、親戚の集まりに行くと必ず叔母さんが、俺が寂しがって泣いたって何度も言うもんだから、ちょっと困ったけどな。いや、俺は泣いてないぞ、絶対。
母さんと父さん、お前が帰って来た日もよく覚えている。
お前はおくるみにくるまれて、ふにゃふにゃしてた。良い匂いがしてさ.
赤ちゃんて本当に可愛いよな。母さんが俺の手をとって、お前の手を触らせてくれた。もう、宗助もお兄ちゃんだねって言って。お前の手や足はとても小さくて、人間とは思えなかったよ。
泣き声も可愛くて、まるで三軒となりの柴犬の多摩が生んだ仔犬みたいだった。
大変だったのは、お前が俺が遊んでいたものを取ることだった。
父さんから貰った野球ボール、おもちゃ、お気に入りだったタオル、お前全部取ったんだぞ。取られたら取り返すが、お前ときたら、奪った先から口にいれてなめまわす。母さんが取り上げてお前にさとすが、聞くわけが無い。知ってたか。お前、母さんからたぁちゃんって呼ばれてたんだぞ。
俺もまだ子供だったから、怒ってべそかいたりしたが、お兄ちゃんだからな。お前のことは可愛かったし、面白かったよ。
俺は、この世でやり残したことは無いし、自分の事でやり残したことは無いと思う。だから、お前にお願いしたいことがある。
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