第14話 ひとりのひとだけ

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第14話 ひとりのひとだけ

秋谷君と別れて家についたのは9時を少し過ぎていた。廸はリビングでテレビのニュースを見ていた。恵理は自分の部屋で勉強をしているという。 「どうだった。話ははずんだ?」 「秋谷君にも困ったものだ。やはり浮気していた。正直に話してくれた。順子さんには絶対に話さないと約束するなら教えてあげる」 「私もあなたの片棒を担いだのだから聞かせてもらえないかしら。秋谷さんの家庭に波風を立てようとは思っていないから」 「君の意見も聞いてみたいから、話そうか」 廸には、それから彼女の意見を聞いて見たい部分を話した。既婚者合コンでKさんと知り合ったこと、アリバイ作りのあの日は前々日にKさんから夫が出張中とのことで誘いがあったこと、それから「お互いの家庭は壊したくなくて、ただ会って慰め癒し合うだけで、そして絶対に分からないようにしたい」と約束したこと、彼が「男って一人の女性だけと一生を共にしなければいけないのか?」と言っていたことなどを話した。 「それで二人は関係を続けるの?」 「僕は1回限りにしておいたらと言ってみたが、続けるつもりのようだった」 「順子さんに悪いとは思わないのかしら?」 「家庭は大切にしたいと秋谷君ははっきり言っていた。絶対に分からないようにしたい、分からなければなかったのと同じとまで言っていた」 「詭弁だわ。分からなくてもあったことに変わりはないわ」 「そうだね」 「秋谷さん夫妻の間柄は私たちとは違っているような気がするわ」 「秋谷夫妻は確か合コンで知り合った恋愛結婚で同い年だ。僕たちは職場結婚に近い。年の差は4歳ある」 「秋谷さんご夫妻とはお互いに自宅に招待したことがあるけど、私たちとは少し違う、そう感じた。どこがどう違うとははっきり言えないけど」 「僕から見ると秋谷夫妻は同じような考えを持った同志に見える。それに秋谷君は僕より男女の関係をドライに考えているように思う」 「私は順子さんにもそんな感じがした。二人にはべたべたしたところがなくて少し醒めている感じがしていました。私たちはもっとべたべたしていたと思う」 「べたべた? ラブラブの方が良くない?」 「そうラブラブ」 「秋谷さんは順子さんにないものをKさんに求めているのかしら? 私は順子さんもKさんも同じタイプの人のように感じるけど、どう思う?」 「Kさんと会ったことがないから分からないけど、同じタイプだと思うのか? でも話をして慰め癒し合うことができると言っていた。どこか順子さんとは違っているのだと思う」 「私には理解できないわ。そういえば以前、私もその既婚者合コンらしい集まりの誘いを受けたことがあるの」 「ええっ、本当か? それでそれで」 「興味がないから断った。だって、私はあなたと話していれば十分だから、ほかの人とお話する必要がある? あなたとは何でも話せるし、何でも話してくれるから、男の人はあなた一人で十分です」 「そうか、僕ひとりで十分か、安心した」 「私が浮気するとでも思ったの?」 「いや、君は絶対にしないと思う」 「絶対はないかも」 「ええっ、そうなの?」 「冗談です。お風呂に入りますか? 私もまだなので一緒に入りましょうか、背中を流してあげます」 「どうしたの?」 「ちょっとサービスしておかないと秋谷さんのように浮気でもされると困るから」 「そんなことは絶対ないけど、秋谷君のためにちょっともうかったな」 廸は勉強部屋の恵理を見にいった。先に入っていてというのでバスタブに浸かっていた。廸が二人でお風呂に入るからと恵理に断ってきたと入ってきた。廸としばらく話していたのでもう酔いはほとんど醒めていた。 廸はタオルに石鹸を付けて僕の背中を洗ってくれた、久しぶりに背中を流してもらって気持ちがいい。この後は僕が廸を洗ってあげることにした。 今までタオルかスポンジに石鹸をつけて洗ってやったことはあった。直美にしてやったように、今日は手に直接石鹸を付けてその手を身体に擦りつけて洗っていく。 座った廸は始め一瞬くすぐったいと身体をすくめたが、気持ちよかったのか、すぐに素直になすがままになった。まずは背中からお尻へゆっくりと洗っていく。お尻の溝に指を這わしてゆっくり洗うと廸は腰を浮かせた。 今度は立たせてこちらを向かせた。そして両手で首から胸、乳房、乳首、お腹、おへそ、大事な割れ目をゆっくり洗っていく。廸は気持ちがよいのか恥ずかしいのか目をつむっている。それでもかまわずに洗っていると、我慢できなくなったのか、そこへしゃがみ込んでしまった。おしっこをもらしているのが分かった。 「大丈夫? もうやめようか?」 「ごめんなさい。気持ちよくて、気が遠くなっただけ、続けてください」 ゆっくり立ち上がったが、足元がおぼつかない。 「座ったままでいいから」 廸は足を伸ばして洗い場に腰を下ろした。その両足を両手でゆっくりマッサージをするように洗っていく。足の指の間も丁寧に洗ってあげる。 「だめ、そこは」 「洗った方がいいよ」 廸が思わず足を引っ込めた。ここまでと思ってシャワーで身体の石鹸を洗い流す。廸は座ったまま動かない。いや動けなかった。 「バスタブに一緒に浸かろう」 廸の腕を持って立たせてバスタブへと導いた。廸はゆっくり身体を沈めた。その後ろに僕が入った。お湯が溢れて大きな音がした。廸が身体を預けてくるので両手を回してゆるく抱いてやった。後ろから身体をゆっくり撫でてやる。 「気持ちいい、ありがとう、うっとりしたわ、幸せってこういうことなのかしら、このまま眠ってしまいたい」 「ここで眠ったらだめだよ。それじゃもう上がって休もう」 廸を促して立たせて浴室を出た。バスタオルで身体を拭いてやる。いつもなら廸も僕の身体を拭いてくれるのだが、今日はぼっーとしてただ立っているだけだった。こんな廸は初めてだった。 バスタオルをまとった廸を抱きかかえながら寝室へ向かう。廸を布団に座らせるとすぐにポカリのボトルを冷蔵庫から持ってきた。1本封を切って渡すと廸は一息で半分ほど飲んだ。 「おいしい、ありがとう。眠りたい」 そう言うと寄りかかってきた。横にして寝かせるとすぐに眠ってしまった。廸は疲れていたのだろうか? 寝顔はとても安らかだ。僕も廸を後ろから抱きかかえるようにして寝入った。 ◆ ◆ ◆ 明け方、廸が僕に抱きついてきたので目が覚めた。寝落ちした廸が求めているのが分かったのですぐに応えた。廸は半分目覚めていて半分眠ったままだったが、何度も昇り詰めていた。そのあと、廸は僕の腕の中で静かにまた眠りに落ちていった。 ◆ ◆ ◆ 目が覚めたら、雨が降っていた。暗かったので目が覚めるのが遅かった。もう8時を過ぎていた。共働きだから土曜日は朝寝することになっている。恵理もそのことは分かっていて声をかけるまで起きて来ない。 廸は僕に後ろから抱きかかえられて横たわっていたが、もう目覚めていた。僕が目覚めたのに気づいて振り向いて唐突に言った。 「ねえ、風俗に行っているでしょう」 「いや、この前も言ったとおり、結婚してからは絶対に行っていないから」 「なんでそういうことをまたわざわざ確認するんだ?」 「最近、少し変わったから、愛し方が」 「いろいろ工夫しているんだ、廸のために」 「浮気はしていないわよね」 「君を悦ばせようと考えて工夫しているだけなのに、浮気をしているから愛し方が変わったというのか? 僕にとってあり得ないことだ。君と付き合いだしたときのこと覚えているだろう。恋愛には全く不向きだったことを」 「ごめんなさい。私を今も愛してくれていることはよく分かっています。昨晩のことや今朝のことも。とても幸せです」 僕は抱いている腕に力を入れて廸のその言葉に応えた。 「あなたには浮気はできないと思っていますが、もししたとしても私には絶対に分からないようにするだろうと思います。そういう性格だとよく分かっています」 廸の真を捉えた言葉にすぐに返す言葉が出なかった。廸はすべてを見通しているのか? ありえないことだが、図星だった。 「もし、幸運にも浮気できたら、そうすることにしよう」 「幸運ってなに? 浮気はする気があってするものでしょう。する気があるの? 分からなければ浮気をして良いといったわけでは決してありませんから、念のため」 「分かっている。絶対にそれはないから安心して」 もう、言葉の遊びにしようと必死になっている自分がいた。それで直美と始めのころに交わした会話を思い出した。 「僕が君とこうしていることはご主人には分からないと思うけど、もしご主人がほかの人とこんなことをしていたらどうする?」 「主人はそんなことをするような人ではありません」 「でも僕はしている。こんなことをしたのは初めてだ。ご主人にもこんなことは起こりえることだと思うけど」 「もしそういうことがあっても主人は絶対私にわからないようにすると思います。あなたのように」 「でも、浮気しているか、気にならないか?」 「気にならないと言えば嘘になります。もし本当にしていたら悲しい。大好きだから」 「例えば、不審なメールを見つけたら問い詰める?」 「聞いては見るけど、問い詰めたりはしないわ。もし認めたらお互いに引けなくなると思う。それが怖いから」 「駄目は詰めないということか?」 「浮気ならね。お互いに愛し合っているは分かっているから。きっとあなたの奥さんもそうするはずよ。なんとなく分かる」 やっぱり、廸は気が付いている? やはり断固否定しておこう。
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