夜の散歩道

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夜の散歩道

 夜が、好きだ。夜の空気が、好きなのである。殊に、一年の中でも、夏の夜は一番好きな時間である。  子供のころは夏になると、度々母と二人で夜の散歩に出かけた。  外はしんと静まり返り、雨蛙のケロケロという止めどない合唱以外には、自分たちの声と、足音しか聞こえない。太陽がジリジリ照りつける暑さと、蝉たちが騒がしく鳴き交わす昼間とは打って変わって、夜は涼しく、静寂だ。  田んぼを過ぎ、キャベツ畑を過ぎて、まずは駄菓子屋まで歩いていく。子供の足で、たしか十五分くらいだったろうか。夜なので勿論店は閉まっている。店の前の自動販売機で、そのころ好きだったナタデココのジュースを二本買い、それを持って、今度は公園へ行く。そしてブランコに座って、ゆらり、ゆらりと揺られながら、母とふたり、ジュースを飲み、他愛のないお喋りをするのだ。  私は、母と出かけるこの「夜の散歩」が大好きであった。行こう、行こう、とせがんだ。母から誘われると、飛び上がるほどに喜んだ。  大きくなるにつれていつの間にか行かなくなってしまったが、今でも夏の夜の空気を嗅ぐと、そのときの幸せな気分が甦り、たまにふらりと、歩いてみたりする。  しかし、一緒に歩いて、喋って、手を繋いでくれる母は、もう居ない。代わりに、今度は私がいつか新しい家族と手を繋ぎ、話を聞き、歩いていけたらいい、と思うのであった。
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