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「……知らなかったよ、そんな感情」
淋しいもなにも、今の今まで他人と距離をつめたときにいい思いなんてしたことなかった。だから俺は昔そんなものが必然なほどにフォーカスされた、アニメに興味を持てなかった。
「欲しいものはなんでもねだれば買い与えられたが、他人とのつながりなんて望むことすら難しかった。フィーネの話は、その点でちょっと羨ましかったかな」
「フーーン。トコロデハジメ。ナンデイマ貧乏?」
痛いところをつくな。確かに大学辞めて家出なんてしなければ、金にはここまで困らなかった。
「家出、したんだよ。最初から卒業する気の無かった大学も辞めて」
「ナンデ?」
「生きてる気がしなかったから、かな。余計なリスクを抑えるために家に軟禁させられて、父親の指示がままに学歴積んで縁故採用で将来安泰……、がなんか自分で生きてる気がしなかった」
これは後に知ったのだが、人間は主体性を持って選んだ選択肢より他人が選んだ選択肢のほうがよりストレスを感じるらしい。
「ハジメ、ドウヤッテイキタ?」
もちろんこんな生きかた、昔じゃ絶対考えられない。家に従い家に媚びて生き延びるか、家に見放され野垂れ死ぬかが歴史で学んだ過去の世界だ。
「フリーター、だよ。バイトと日雇いで働き詰めて、明日食う飯のために生きてた」
その頃の最低賃金では、週5定時まで働いただけじゃ手取りで十万くらいだった。副業なしではとても生活しきれなかった。
「ツラクナカッタ?」
「大変だったさ。だけど、自分で稼いだお金で食べて、昔よりも生きてる気がした」
それは不思議なものだった。物質的には最底辺の貧しい生活、なのに昔より満足してた。
「それに。ある日からより高い時給を求めて派遣で働いてたら、今の会社を紹介された」
「ハケン?」
「ギルドみたいなもんだよ。人を集める会社があって、忙しい現場に人手を貸すの」
この説明で合ってるよな。そもそもセリアの世界にこっちの想像どおりのギルドがあるかどうかもわからないけど。
「ハジメ、ヨウヘイ?」
「みたいなものだったよ。で、気に入られて直属になった」
なんか変にカッコついたな。ドヴェルグっていえば神具を造る鍛冶師だろ? そこまで大層なものじゃない。
「カッコイイー」
絶対に過大評価されているが、気分を悪くしたくなかった。
「ありがとう。ひとり暮らしを始めてからは、昔と違ってただ用意されたレールを歩いているだけじゃなく、ドン底から周りに認めてもらえるたびに生活がしやすくなっていった。
その成果として定職にも就かせてもらえて今に至ってるのが、嬉しくもありがたくも誇らしくもあるんだ」
だいぶアルコールが残っているのか、さっきからかなり図に乗った発言が口をつく。こんな発言、家の外では口が裂けても出来はしない。
「ハジメツヨイ」
ほらな、セリアの顔がまた曇った。いけしゃあしゃあと何言ってんだと思われているんだろうな。
「ツヨイカラトモダチイラナイ」
そうでもない。どっかの誰かと暮らすまで、打算的でない人間的なつながり自体を知らなかっただけ。
「フィーネトオナジ。フィーネツヨイカラセリアマモッタ。フィーネツヨイカラマモッテシンダ」
生物としては、生き延びる生命力こそ大事な強さだと思うけどな。
「親友に守ってもらいながら、今もこうして生きていられてる放っとけなさがお前の強さだ」
実際問題としてそうだろ。じゃなきゃあの母ちゃんも、指輪を寄越しはしなかっただろ。生物的には生き延びた奴こそが勝者だ。
「セリア、フータンウラヤマシイ。フータントモダチイッパイ、フータンシャベル、ミンナニコニコ、ミテルヒトミンナコメント」
大変な仕事だとは思うけどな。「ふーたん」の中の人は、死物狂いで演じてるんだよ。観る人たちにそう楽しんでもらって稼げる偶像を。
それにしても、女性Vドルファンの多くがその理由で観てそうだよな。一体感と連帯感の疑似体験が目的で。
「デモハジメツマラナサソウ」
「そうでもないぜ? 船長とか好きだけどな」
知ったきっかけが夜のオカズのエロ画像で、本人がそれを推奨しているからだけどな。
「オトコ、ミンナソレ?」
「そうだよ」
俺はセリアを押し倒し、その乳房をひと揉みした。
「そう見ない相手が居るとすれば、モノを売り買いする関係か、もしくは自分の家族だけだ」
俺は股間をセリアに擦りつけた。
「生物の雄は、自分の種の宿主と、自分の血筋を引き継いだ子孫をいちばん大事にするもんだ」
やはり酔いがまわっている。自分のセリフに恥ずかしくなる。
「ハジメ、コドモツクル?」
「ああ、宿してくれ。産んでくれ。俺たちふたりのアイドルを」
定期預金に約四千万、あの指輪を質に入れて手に入れた金だ。最初から、養育費に使うつもりだった。
俺とセリアはその晩に、避妊具を付けず交尾した。
「ハジメ、ジツハ」
「ん? どうした?」
なにやらセリアがはにかんでいた。
「セリア、キョウハチョーアンゼンビ」
さっきまでの思考と発言が頭をよぎる。羞恥心が、まとめて一気に押し寄せる。
「そんなもんどこで覚えた」
「ジャスミンとアニタ」
職場のフィリピン人か。仲良くやってんだな。
「デモハジメ。チョットハヤイ」
悪かったな。久々の生だったんだ。
「セリア、イブガヨカッタ」
「残念ながら、イブは夜勤だ」
「ハジメ、カイショーナシ」
それ絶対に職場で言うなよ。言ってるだろうが。
「ハジメラシイプロポーズ」
バカにしてんのかよ。
「ハジメ、コレカラモヨロシク」
「ああ、残念ながら死ぬのは先だがよろしくな」
「フタリガシアワセ、フタリガシアワセ」
俺は卑怯だ、卑怯者だ。
俺は肉親を裏切った。エリートとして育て上げるため惜しみなく投資した肉親を。
俺はセリアの弱みに付け入った。ひとり異世界に飛ばされた、その不幸に付け入る形で、自分のねぐらへ連れ込んだ。
俺はセリアに諦めさせた。己自身の甲斐性の程を。財力があれば要らぬ苦労を、思考の余地無く受け入れさせた。
そんな俺は、おこがましくも求めてる。種族の違う雌をつがいに、家庭を築く幸せを。
足らぬ才覚を狡猾で埋め、足らぬ甲斐性を幸運で埋め。だがそれでも求めてしまう。
「こんな卑怯者の末路は、たぶんロクでもないだろう」
だがそう思おうが、夢見てしまう。俺のとなりでセリアが笑う、セリアの子供が幸せに育つ。
そんな未来を求めてしまう独りよがりなエゴイズム、捨てて後悔はこの先ずっとしたくない。
―― ある日俺は、ダークエルフの浮浪者を拾った:finished ――
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