フタリガシアワセ、フタリガシアワセ

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「ハジメ、モットワガママデイイ」  突然何を。 「セリア、ハジメヤリタイ、ワカラナカッタ」  ……。 「セリア、ラーメンタベタイ、ライシュウ」  セリアが背中にのしかかる。プロテクターの無い感触が、シャツ一枚の背中に伝わる。 「セリア、ラーメンタベル、シアワセ。ハジメ、バイクノル、シアワセ」  セリアが肩を抱き締める。耳元に顔をぴたりと寄せて囁く。 「セリアノシアワセ、ハジメガシアワセ。ハジメノシアワセ、セリアガシアワセ」 「フタリガシアワセ、フタリガシアワセ」 「わかった、来週はラーメンだな」  セリアは腰を上げると俺の額に口づけた。俺は考えているつもりで考えていなかったな。  俺はこいつを拾った責務を果たすつもりだった。俺なりにこいつの幸せを考えていた。  だが俺は、そこに囚われ過ぎていた。俺は俺で幸せでなければこいつが苦しむ。  俺ばかりが満足しては、俺は幸せにはなれない。  俺は頭のなかがまとまると、セリアの額に口づけ返した。  早朝勤明けの週末の昼過ぎ、俺がセリアと昼飯ついでにアマゾンプライムを観ていると、テーブルの上に魔法陣が描かれホログラフィーが浮かんできた。 「お久しぶり。まだしぶとく生きているなんてね。そちらのみすぼらしい身なりの方は、初めてお目にかけるわね」  浮かんできた映像は、海賊漫画の女船長を金髪色黒にしたような、ゴシックドレスを身に纏ってキングチェアに腰掛ける女性。  足を組み、頬杖をついてこちらに見下す視線を向ける。 「初めまして。私は佐藤創と申します」 「あら、挨拶のほうは身なりほど失礼ではないようね。ワタクシはセリア・アーテル・ノワール。アーテル様とお呼び申し上げてそこの汚物と差分し差し上げないかしら」  セリアと同じファーストネームとファミリーネームであることが、不遜な言動くらいに気になった。 「失礼かもしれませんが、セリアさんとはどのようなご関係かお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「廃棄処分し損ねた元持ち主、といったところね」  こいつはセリアを邪魔者扱いしている。そこだけは間違い無いようだ。 「あの下女が転移魔法(ワープ)を使用したときはどうしたものかと頭を抱えさせられたものの、それは杞憂だったようね。  そのせいで索敵(サーチ)にここまでの時間を費やさせられたわけだけど、発見場所が遥か彼方の異世界で安心したわ」 「なぜ、その方はセリアをこちらの世界に?」  大方こいつが殺されそうになったからだろうが、本人の口から聞いときたかった。 「そうね、『莫迦だから』ではないかしら。下女風情が家主の意向に逆らえばどうなるかの予測すら困難な莫迦にワタクシは落胆したわ」  現代のこちらの世界とかなり乖離した価値観だ。 「その方は、どうなりましたか?」 「なによりも優先すべきこととして、そこのゴミの身代わりとなって差し上げさせたわ。  まず山羊に足の裏を骨だけになるまで舐めさせこの世に生を受けてしまったことを懺悔させ、己が原罪を自認させたわ」  ヤギに足の裏を舐めさせる拷問は聞いたことがある。ヤギの舌はヤスリのようになっており、そしてヤギは血液のような塩味を好む。  つまり、ヤギに足の裏を舐められると足の肉がベルトサンダーを当てられたが如く削れていく。 「次に剃髪した頭の毛根を松明で焼き、顔面の皮膚を全て剥ぎ、両乳房を切り落としたの。  もはや女とは言い難い、本来あるべき無様な姿に成り果てさせたわ」  女性の頭髪や目鼻立ちへの執着は、時代を問わず男性のそれの比ではない。  それを根こそぎ削ぎ落とされ、身体からも女性らしさを切り落とされた屈辱感と絶望感はどれほどだろう。 「そして同様の処罰を受けた他の3人の姉妹同様にゴブリンの群れに陵辱させ、己の醜劣を正しく自認し差し上げさせたわ。  その全ての過程にて、目の前の柱にそのゴミ等の父親を縛りつけてね」  愛する娘が望まぬ種を植え付けられる。ありとあらゆる尊厳を、眼前で奪い尽くされたその後に。  かけがえのない宝が傷つく喪失感と、救いきれない無力感。  父親にとって、その屈辱感と絶望感はどれほどだろう。  「お母様! なんてことを!」  え? 『お母様』? セリアの? だとすると、『3人の姉妹と父親』って、娘と夫?  この女は、自分の娘に旦那のまえでそんな仕打ちを受けさせたのか。
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