フタリガシアワセ、フタリガシアワセ

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「お母様! なんてことを!」  え? 『お母様』? セリアの? だとすると、『3人の姉妹と父親』って、娘と夫?  この女は、自分の娘に旦那のまえでそんな仕打ちを与えたのか。 「一体どちらのどなたを指して『お母様』などと申し上げているのかしら。言葉を訂正して差し上げないかしらねぇ。  遥か彼方の世界に潜み、金輪際こちらに干渉しないのであれば寛大にも見逃してあげると仰せ賜っているのよワタクシは」  セリアをこの『お母様』とやらが鬼のような形相で睨みつける。雉も鳴かずば撃たれぬものをと態度で示す。 「なぜ、そのようなことをされたのでしょうか?」 「そうね、先程の話の続きからするわ。  そう夜通し身の程の理解を促したその後、そこのゴミ以外の姉妹はち手足を折って飼育小屋の豚に食させ、下女と父親は磔にして平民共の投げた石で息絶えさせたわ。  下女と父親の躯は、今もそのまま無様な末路を平民共に周知し差し上げさせているわ」 「フィーネ! そんな……、お父様も、お姉さまたちも、フィーネもだなんて……」 「ゴミの分際で往生際が悪いから手間が増えたんじゃないの。自省なさい」  一体何がそうさせたんだ、そしてなぜそんなにも身勝手に振る舞いきれるんだ。 「なぜ、そのようなことをされたのでしょうか?」 「ある日、お父様の工房に筋のいい若者が弟子入りしたの。その方をお父様がいたく気に入ってね、我が家に婿入りさせたがっているのよ。  お父様の工房は、村の財源そのものなの。お父様の武器で人間共が戦争を起こすそのたびに、村全体が潤うのよ。短命種共が、醜く野蛮に頻繁に争うそのたびに。  しかも、そのお弟子さんが村で噂の男前なの。そのような殿方以上に、ワタクシの隣に相応しい男なんてこの世に居ないわ」  随分と、身勝手な話が見えてきた。 「そう考えると、その時ワタクシの隣にいた残念な男とその4人の娘が邪魔者になっちゃった。ワタクシだってまだまだ80、女としては現役よ」  ふーーん。こんな娘を持ってしまったお父様が可哀想。 「お言葉ですが、よくそのような蛮行が罷り通りましたね。さすがのお父上も、義理の息子と孫娘の処刑は賛同しかねたのではないでしょうか?」 「このどこにワタクシの非があるのかはご存知でないけど、お父様はこのワタクシの言いなりよ。  お母様はワタクシをお産みになられたときに逝去され、お父様は瓜二つに育ったワタクシにその面影を見ていたの。  それに気付いたワタクシは、ある日酒に酔った父上を誘い、求められるがまま受け入れた。  その関係はワタクシが一子を堕ろすまで続き、その全てを存じている使用人は生き証人としてワタクシの部屋で頭と胴だけの状態で飼育しているわ」 「村の誰もがお父様には頭が上がらず、そのお父様はワタクシに対し決して頭を上げられない。この高貴で優美なワタクシこそが、村の真の支配者なのよ」  頭が痛い。俺が父親なら泣いている。 「第一あの無能は、4人も仕込んでおきながら全員女だなんてあまりに無自覚が過ぎるのよ。  生まれ間違えたゴミたちも。もしひとりでも男だったらこんなことをせず済んだのにね」  この家は、いや向こうの世界はもうセリアが居るべきではない。こんな奴が母親だなんて想像すらしなかった。 「ありがとうございます。では、セリアさんはこちらでお引取してもよろしいですね」 「助かるわ。それにしても、よりにもよって短耳の短命種なんかに巣食って糊口をしのぐだなんて、蛆虫に先祖還りでもしたのかしら」  いちいち嫌味を付け加えねば気が済まないのか。 「先祖還り、ですか?」 「ええ。ワタクシたちドヴェルグの祖先は霜の巨人ユミルの死体から湧いた蛆虫と言われているわ。  そのせいで、男は武器を造り神々や短耳の傭兵として、女はダークエルフと呼ばれ他種族に身売りすることでしか生きられなかったの」 「男であれば力強く手先が器用でなければ、女であれば美しく煽情的でなければ為す術もなく滅んだわ。  他種族に媚を売らねば媚びきれなければ生きていけはしなかったの。  ワタクシは、短耳にもその名を知られる武器職人及び武器商人として一財を成したお父様の高貴で優美な娘だけれど、そこのゴミは蛆虫でしかなかったようね」  セリアの過去を知れたことは幸運だった。気にする素振りは見せきれなかった気になってはいたことだった。 「ウフフ。本当はセリアの所在を確認出来ればそれで終わったことだったけど、異世界の一期一会の相手でなければ出来ない話が出来ていい発散になったわ。  こちらの処分も任せてあげる」  魔法陣から小さな化粧箱が浮かんできた。手に取り開けると、中身はピンクダイヤのついた指輪だった。 「それ、婚儀の際に宝石細工師のそこのゴミの父親が作ってきたの。それではごきげんよう、二度と会わないことを願うわ」  高飛車な女がそう言葉を残すと魔法陣とホログラフィーが消えていった。再会などと、こちらからも願い下げだ。  問題は、だ。 「うぅ……、フィーネ……。ソンナ……」  先ほどまでの会話は全てあの魔法陣が翻訳していたのだろう、再びカタコトに戻ったセリアがむせび泣いていた。  俺はセリアを抱きしめた。 「泣くなとは、言わない。気の済むまで思い切り泣け」 「ああああ! ああああああ!!!!」  俺が抱きしめた腕のなかで、セリアが胸に顔をうずめながらシャツを掴んで慟哭した。
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