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「携帯だ。こいつには、保護と監視が必要だ」
保護者じみた真似は驕りだろうと思っていたが、そうも言っていられないようだ。
ここはエゴを優先しよう。セリアが自堕落な脂肪の塊になってしまうなんて嫌だ。
「セリア、たまには運動したくないか?」
「ウンドウ?」
「向こうでも、ボール投げとかしなかったか?」
「セリア、スポーツスキ!」
藪蛇だったかもしれない。俺はけして体育の成績が良かったわけではない。
だが、決まりだ。最近案の定抱き心地がふくよかになってきた気がするんだ。
「これは……、なかなかにレベルが拮抗しているぞ」
週末の昼、向かった先は複合アミューズメント施設。一階のゲームセンターの奥に受付があり、会員となれば3時間店内のほぼ全ての設備で好きに遊べる。
まず真っ先に始めたのは卓球だった。スポーツが好きなダークエルフと聞いてこっちがケガしたくなかったからだ。
だが。
「オヌシ、ナカナカヤルナ……」
両者ほとんどサービスエースでポイントを獲った。運良くレシーブに成功すればさらにそのほとんどが返されることなく、進行のためにやむなくラリーポイント制を導入した。
次に遊んだのはエアホッケー。パックを顔に飛ばされてはケガしかねないと危惧していたが、先ほどの卓球でその意味の安心感を得たから選んだ。
「アハハハハハ!」
こいつ、どんくさいが動態視力は相当いいな。ルールを把握するやいなや、緩急をつけようが壁にバウンドさせようが全て的確に打ち返された。
俺は最初のワンゲーム以外ほぼ全てストレート負けを喫した。
「悪い、ちょっと一服と休憩させてくれ」
歳を取りたくはないもんだ。もうすでに息が上がってしまってる。尤もこれも原因だよなと、口から吐き出すニコチン入りの水蒸気を見て俺は思った。
だが俺にとってタバコは自立と自由の象徴だ。厳格な親父と箱入り娘のお袋に嫌気がさして、家出同然にひとり暮らしを始めてはじめにしたことが、コンビニの前での一服だった。
見た目だけで選んで吸った、ハイライト・メンソールの強烈なラム酒の香りとメンソールの喫味に目がクラクラしたことは今も鮮明に覚えている。
俺が大学に入ってまずしたことは、アルバイト探しだった。単位の取得は度外視で、ひとり暮らしの下準備のためひたすらバイトに明け暮れた。
そして普免を取って50万ほど貯めたのち、日雇いバイトの通勤に便利な工業団地のすぐ近くにアパートを借りてひとりで退学手続きを済ませ、フリーター生活を開始した。
「ザマーミロ」
そんな気持ちで一杯だった。志望大学はおろか学部にすら選択権のない人生に終止符を打ち、エリート人生を強要した両親の期待をフリーターの喫煙者として裏切った。
だからタバコは、俺にとって第二の人生の象徴なんだ。やめると俺が俺ではなくなる気がする。
「ハジメ、マダ?」
ペットボトルのレモンソーダを飲み干したセリアが待ちくたびれる。悪かった、ちょっと浸り過ぎていた。
「次はミニボウリングでもするか」
とりあえず走り回らずにする類のモノがいい。オッサンはもう足が重い。
低レベルなボウリング対決を終えたその後も適当に遊んでまわり、アーチェリーでダークエルフの弓術に拍手。
最終的に、休憩所のように設けてあったカラオケルームで時間を潰して店を出た。
「タノシカッター」
「それはよかった」
「ツギハイツ? アシタ?」
相当気に入ったみたいだな。でも残念なお知らせがひとつある。
「ここ、安くはないんだ。月2回くらいがせいぜいだ」
ふたり合わせて五千円を超えるんだ。毎日どころか毎週ペースでも破産する。
「悪いが、俺の稼ぎの悪さばかりはどうしようもない」
「セリア! ハタラク!」
え???
「セリアハタラク! ハジメとアソブ!」
アテが無いわけじゃない。世の中には、履歴書不要の仕事はある。例えば現金手渡しの日雇いとか。
もちろん住所電話番号等の登録は要るが、住所は俺の部屋でいいし携帯だって持ってるし、『黒江 莉愛』だっけ? 名前もここに会員登録したときみたいな偽名でいけるだろうしな。
「一応出来なくはないが、皿洗いとか引っ越しみたいな肉体労働ばっかになるぞ?」
逆にどんな連中が集まる仕事かというと、前科者とか外国人とか普通の会社に書類審査で弾かれるような奴ばっかりだ。
「セリアハタラク! ハジメとアソブ!」
わかった。俺たちはもう危ない橋を引くに引けないところまで渡ってしまっているんだしな。
「当分は俺の送迎で土日のどっちかな。平日は、いろいろ慣れてからじゃないとリスクがあまりに大きすぎる」
電車やバスの使い方とか、現代の日本での働きかたとか覚えることが実に多い。まずは俺が付き添うから、ひとつひとつ覚えてくれ。
「理由は違えど俺もそうやって歩んできたんだ、自分の第二の人生を」
いつまでも、おんぶに抱っこは嫌だよな。俺も昔嫌だったんだ。
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