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しかし、いい加減言葉の通じない会話に疲れてきた。なんとかどうにか最低限の会話だけでも覚えてもらおう。
「ちょっと、外に出るからこれ着てくれ」
ハロウィンのコスプレじみた露出度の高い格好は、あまりにも悪目立ちし過ぎる。
言葉といい、耳の形といい警察に目をつけられたときのことを考えると悪い予感しかしない。
俺がビキニの上からTシャツを着せてスウェットのハーフパンツを履かせると、女は不服そうな顔になった。
女は俺の手を取りTシャツのなかに入れると、強引に胸を揉ませた。
「イイオッパイダナ」
こちらの股間の状態をズボンの上から確かめると、女は機嫌を直した。
どうやら自慢のナイスバディを隠されたことが不服だったらしい。
「本屋、行こうか」
脱水を終えた洗濯機の蛇口をひねり、なかの洗濯物をリュックに詰めて俺は女を玄関に連れた。
最寄りの本屋まで徒歩だと片道30分、スクーターなら片道10分。仕方ないと諦める。
「イイニオイダロ!」
この女は、もともと本が好きなようだ。汗だくになって本屋に着くと、山のように置いてある本に目を輝かせた。
「ちょっとだけ待て」
俺はコインランドリーの乾燥機に洗濯物を放りこみ、小銭を入れてスイッチを押した。
女は物珍しそうな顔でぐるぐる回る洗濯物を目で追いかけていた。
「飲め。この暑さじゃ何か飲まないとぶっ倒れるぞ」
俺は自販機で買ったスポーツドリンクのキャップを開けて、女に一本手渡した。
女はきょとんとした顔だった。
「食べていい」
俺は自分のぶんを飲んでみせた。
女は疑り深い顔で口をつけたが、一口含んで味を確かめたのち空になるまで飲み干した。
「モマセテクレ!」
女が胸を突き出してきた。ありがとう、お礼が要るだろってか。
そうだな、俺の要望は目的のモノを買ってさっさと帰ることだ。
大人しくそれに付き合ってくれれば、俺はいちばん嬉しいよ。
俺は飲み終わったペットボトルを捨て、女を連れて本屋に入った。
女は自動ドアに目が釘付けになっていたが、俺は強引に引っ張った。
女に親の仇を見るような目をされたが、すぐ興味はティーン誌の表紙へと移っていった。
「あ……」
雑誌の小悪魔メイクの記事でページをぱらぱらとめくっていた手がぴたりと止まる。
「求められたいが受け入れたくない」
そんな願望が垣間見える、グロテスクなエゴイズム。
高嶺の花を目指すといえば、聞こえのいい話なのかな。
ともかく俺は、目当てのものを物色した。
言語を覚えるための一歩は、表音文字の読み書きと、会話文の構造の理解だ。
「高い」
児童書って、こんなにするのか。ピンときた本を二冊買っただけで三千円もしやがった。
俺の月給は手取りで約15万だ。大人ひとりぶん食費が増えただけでも危ないのに、この出費はかなり痛い。
「じゃ、帰ろうか」
俺は女から本を取り上げ、そっと元通り面陳した。
また親の仇を見るような目をされたが、構わず俺は出口の方へと手を引っ張った。
「暑い」
背中に洗濯物の入ったリュック、右手に本の入ったレジ袋。
左手には右も左も分からないであろう大人のナリした大きな子供。
夏の正午のかんかん照りが、徒歩での帰宅を億劫にさせる。
俺の足は、いつの間にかディスカウントストアのほうへと進んでいた。
「合うサイズあるかな」
150センチも無いであろう背丈と、にもかかわらず小顔に見える小さい頭。
試しにいちばん小さなフルフェイスを被せてみたが、こけしのようにぐらぐら揺れる。
「?」
少しつり上がったアーモンド型の大きな両目、その間にくっきりと通る鼻筋。大きくも小さくもない鼻と口が、小麦色の滑らかな肌にバランスよく配置される。
万が一を考えると、フルフェイスがいいんだよな。
やむを得ず、今日はサイズに融通のきく半ヘルを買って帰った。後日あらためて用品店をあたってみよう。
「あ」
「あ!」
「い」
「い!」
「う」
「う!」
帰宅後スパゲティをゆがいて昼食を済ませ、日本語のお勉強。
何がしたいかはなんとなく察してくれたようだ。真剣な目で五十音の発音を反芻する。
ひととおりひらがなを履修したところで、次の本を手渡した。
「世の中のルールブック」
堅苦しい表題だが、内容がまさしく求めているものだった。感謝は胸を揉ませるものじゃない、頭を下げるものだ。
手渡すと、真剣な顔で音読しだした。狙っていたことをやってくれてる。
本の内容もさることながら、ひらがなを読む実践も兼ねてこの本を買った。
縋る思いだった。知能も幼児並みだったらどうしようという心配のなか、本人も言葉が通じない危機感を持っていてくれたようだ。
だが、幼児向けの絵本では退屈しだすのはすぐだった。しばらく思案したのち、プレステを立ち上げアマゾンプライムのアプリを開いた。
言語を覚えるツールとして、アニメはなかなか侮れないんだ。
実際会話に使う言語でキャラクターがやり取りする。それを声のプロが発音する。
そういえば、アニメで日本語を覚えた外国人力士がかつて居たっけな。
俺は一作観終わったところで、カーソルを合わせ◯ボタンを押すと次の作品が観れることを教えた。
そうやっていろんな話を何作も目を通してくれ。
最初はピンと来ないかもしれないが、似たようなやり取りが何度もあれば、なんとなく概念を掴めるはずだ。
「俺はしばらく昼寝するから、しばらくの間そうしといてくれ」
来週からは23時30分始業の早朝勤だ。体内時計の調整のための夜ふかしのための昼寝は欠かせない仕事なんだ。
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